第29話 枢機卿
アレックス様が誘拐された。
長年勤めていた侍従の一人が裏切ったらしく、聖女の末裔である私が、ヨハンネスの元へ向かったと告げて、アレックス様が私のために動くよう誘導したというんだよね。
「私に声を掛けてきたということは、デニス会長のアテが外れたってことですよね?」
ヴィンケル商会の会長であるデニスは元は帝国の暗殺者だったという過去があり、今は平和を享受して小太り親父に変貌しちゃってはいるんだけど、リンドルフ王国の裏の情報は今でも集めているわけですよ。
王国に潜り込んだ聖宗会の熱烈な信者たちは、王都アルメレンの地下に移動用の地下道を縦横無尽に作り出しているし、王国の裏社会に入り込もうとしていた形跡が至る所に残されているわけよ。
何年か前には『痩せ薬』と銘打って貴族の間に麻薬を流行させようとしていたし、その麻薬を利用して改革派に大きなダメージを与えようとしていたしね。
その他にも色々と悪いことを裏で行って、リンドルフ王国を転覆させようと図っていたわけだけど、そんな奴らとは関係ないところで、今回の誘拐事件は起こっているのかもしれないから、私に知恵を貸せということになっているんだと思う。
「マルーシュカさんに何か知恵があるかもと会長は言っているんですけど、どうでしょうか?アレックス様が攫われたとして、何処に攫われたのか見当が付きますか?」
長年伯爵家から放置されていた私が下町に詳しいことを知っているブラームが、王都の地図をテーブルの上に広げながら言い出した。
「アレックス様たちが急襲された家がここで、この家から伸びる地下道があったのですが、途中で道を崩されて通れないようにされていたんです。道が封鎖されていた場所はこの場所になりますね」
ブラームは地図に印をつけた後に、少し離れた場所にも印を付けて私に見せた。
「聖宗会のアジトらしき場所をデニスに押さえてもらったんですが、その何処にもアレックス様は居ませんでした」
聖宗会のアジトとは教会などではなく、何かあった場合に地下に潜れるように用意した場所ということになる。その場所にもブラームが印を付けていくのを見ながら、
「さっきも言ったんですけど、今、このリンドルフ王国には教皇が来ているとしたら」
と私は言うと、歓楽街を一周して囲むように指先を動かしていく。
「教皇様って幼女と仲良くするのが好きなんですって。過去には十二歳の子供に子供を産ませたこともあるらしくって」
「何処の情報ですかそれ?」
驚きの声を上げるブラームに最近お得意となったアルカイックスマイルを浮かべて答える。
「内緒」
「内緒って!」
聖宗教の総本山のトップオブトップが幼女が好きって、大問題も良いところの話だというのに、その出所が『内緒』なものだからブラームは顔をくちゃくちゃに顰めて見せたんだけど、
「私はマルちゃんの話を信じるわ」
と、アレクシア様が言い出したので、私は話を先に進めることにする。
リンドルフ王国は宗教の自由を掲げている珍しい国なんだけど、歓楽街で子供を働かせては駄目だと法律で決めている国でもあるわけ。大量に金を輸出している南大陸のケルアン国では、子供の性的虐待は許さないと厳しい戒律で決められているってわけなのです。
多くの国が親を失った子供達を集めて不当に搾取をしているという世の中で、ケルアン国と大きな取引をするようになったリンドルフ王国は、
「うちは子供が大好きな国ですから!子供は大事!子供は守らなくちゃをモットーにしております!」
と、宣言。パフォーマンスとして子供を守る法律を幾つも作っているんだよね。
アルメレン王都では子供を使った商売は地下に潜り込んだ。つまりは、その界隈では目立つ存在であるし、場所が少なすぎるが故に、特定しやすいってことになるわけで・・
「アレックス様が攫われたというのなら、ここじゃないのかなと思う場所が幾つか想定出来るんですけど、アレックス様を救いに行く際には連れて行きたい人がいるんです」
アレクシア様とブラームはお互いに目と目を見交わした後に、私の方を見て、
「誰を連れて行きたいっていうの?」
と、問いかける。
「そんなの決まっているじゃないですか」
私はにっこり笑って言ったわよ。
「ガブリエル枢機卿を連れて行きましょうよ」
◇◇◇
ガブリエル・ドメニコ・マストロヤンニは二十七歳、二十二歳の時に最年少の枢機卿として抜擢されたのは教皇であるカウレリア三世の後押しによってのものだった。
聖宗教では祭司、祭司長の結婚は認められているが、枢機卿以上となる場合は無垢なる存在を求められるが故に、結婚などは認められていない。もちろん、枢機卿の中から選ばれる教皇という存在もまた、未婚が前提は当たり前。神にもっとも近い場所で仕える身となるため、禁欲は必須というのはお約束のようなものだった。
何故、そのようなことが決められているのかというと、教皇や枢機卿が結婚し、子供を持つということになれば、能力ではなく世襲で幹部を決めるようなことになるからで、創生神に仕える神の信徒は能力で選ばれなければならないという不文律を守ために、幹部の未婚は絶対ということになっているのだった。
結婚している祭司長が能力を認められて枢機卿となる場合は、家族との縁を断ち切ることが前提条件となっている。自分の子や孫だからという理由で枢機卿にあげてはいけないし、教理を教える中で一番上に立つ人間は、能力もあり人格者でなければならないとされている。
今の教皇であるカルレリア三世が教皇として選ばれたのは、確かに能力が認められたということではあるだろう。彼が枢機卿時代には、多くの信者が他の宗教へと流れていく現象が起きた中で、それに歯止めをかけたのは確かに彼の功績によるものだろう。
そうして、まだ子供と言っても良い年齢の女に子供を産ませたのがカルレリア三世でもあり、数年後、神に愛されし容姿で生まれていた我が子を引き取ったカルレリアは、自分の子供に教皇の座を譲るために、最速で枢機卿の地位に押し上げることにしたのだった。
まだ十二歳という年齢の母から生まれたガブリエルは、八歳になるまで父親の存在を知らずに育ったのだが、その後、父に引き取られてから十四年で枢機卿になるのは異例中の異例ということになるだろう。
通常では到底許されないことであっても、透き通るような肌をもつ彼が純白の髪を持ち、世界を見通すと言われる朱色の瞳を持つ、神に愛されし容姿だからこそ許される。
そもそも、今の聖宗教はカウレリアがそう望めば、何でもその通りになるように作り変えられているのだ。
「ガブリエル様・・ガブリエル様・・」
告解部屋で一人座り込んで物思いに耽っていたガブリエルが顔を上げると、祭司は恭しく頭を下げながら一通の手紙を目の前に差し出して来たのだった。
「聖女の末裔と呼ばれる方がガブリエル様との面会を求めて大聖堂を訪問されております。会うのが難しいようであれば、この手紙を渡して欲しいとのことでございまして」
「・・・」
無言のまま手紙を受け取ったガブリエルは中身に目を通すと、朱色の瞳を細めて口元にうっすらと笑みを浮かべる。
「聖女の末裔は我らが敵も同じこと、今すぐ身柄を拘束いたしましょうか?」
「そうですね・・・」
ガブリエルは立ち上がると、
「聖騎士を集められるだけ集めてください」
と、答えて、読み終えた手紙を蝋燭の炎で燃やしてしまったのだった。
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