第20話 呪われている?
ヨハンネスの家は代々、ヴァーメルダム伯爵家に執事や従僕として勤める家柄となる。
先祖代々仕えてきた主家がおかしくなってしまったのは、ジェロンが伯爵位を引き継いだ後からだろう。
よく分からない護衛の男が伯爵家に入り込むようになり、使用人も次々と、カリス夫人の一族の者へと入れ替えられていく。そんな中、次女のマルーシュカの身の安全を確保するだけで精一杯の状態で、両親に甘やかされて育ったフレデリークにまでは手が回らないような状態となっていたわけだ。
聖女の生まれ変わりであると姉のフレデリークを喧伝するのであれば、彼女の身の安全の確保を率先して行うのが夫妻の役目となるだろう。
聖女の末裔であるヴァーメルダム伯爵家に女児が生まれれば、常に命を狙われることになるのは先代からも厳しく教わっていたはずなのに、結局、フレデリークは殺されてしまったのだ。ため息が止まらない。
「はあ・・フレデリークお嬢様を殺したのは一体誰なのだろうか・・・」
使用人を家に戻したので、伯爵邸にいるのは執事のヨハンネスの他には、下働きの者が3名程度しかいない。この下働きの者たちは屋敷とは別の建物で寝起きをしているため、実質、伯爵邸にはヨハンネスしかいないような状態となっている。
小公子は伯爵家で雇っている護衛の兵士たちを信用せずに家へと帰してしまっているため、公爵家の兵士を警護のために置いている状況なのだが、一人だけの夜を過ごすことになったヨハンネスは昨晩も自分の部屋へは戻らずに、地下にあるワインセラーに引きこもって夜を明かすことにしている。
ヨハンネスが仕えるヴァーメルダム伯爵家は聖女の末裔と言われる一族なのだ。宗教問題に巻き込まれることがそれは多く、伯爵家の血筋はいつでも狙われる。その意味を全く理解しないまま伯爵家を引き継いだジェロンは、胸を張ってこう主張した。
「うちのフレデリークこそが聖女の生まれ変わりですよ!」
当主のジェロンが姉のフレデリークだけを溺愛して、妹のマルーシュカを排除したのには理由がある。それは何故かと言えば、マルーシュカがジェロンの死んだ姉に瓜二つの容姿で生まれ出たからだ。
本来だったら、ジェロンの姉が伯爵家を継いでいた。姉が死んだからジェロンに伯爵家当主の地位が巡ってきただけの話であり、元々、ヴァーメルダム家は嫡女が伯爵家を引き継ぐ女系の一族となっている。
「執事は何処に行った?」
「見かけたか?」
「部屋には居なかったぞ!」
数人の足音が頭上で響いたかと思うと、くぐもった男の声が、頭上から地下にあるワインセラーの方まで聞こえてくる。
「どうやら来たようですね」
ため息を吐き出したヨハンネスは足元に置いた箱を取り上げると、外套を手に取り頭上を見上げた。
男たちの走るような足音、何かを燻したような煙の匂い。恐らく、侵入者たちは屋敷に火を放ったのだろう。
「はーっ、本当に、困ったものです」
押し込み強盗の一人や二人は現れるだろうと思ったものの、まさか、屋敷に火をかける所までは想定していなかった。最低限の物は持ち出せたとしてため息を吐き出すと、ヨハンネスは床板の一部を外して屋敷の地下通路へと潜り込む。
立てかけたままの梯子を降りたヨハンネスは、床板をきっちりと嵌め込むと、漆黒の闇の中を明かり一つない状態で移動し始めたのだった。
◇◇◇
公爵家に来て三日目の朝、私はモスグリーンのデイドレスを着て食堂へと移動すると、すでに何処かに出かけてきたような様子のアレックス様が新聞を片手に無表情のまま珈琲を飲んでいた。
「あら!マルちゃん早かったわね!もう少し寝ていても良かったのよ?」
食堂に現れたアレクシア様は、自分の息子には一瞥もくれずに私に笑顔を向けてくる。
背中の棒のセッティングOK、姿勢もOK。
「おはようございます、アレクシア様。今日はとっても天気が良くて気持ち良い朝ですわね」
精一杯の朝のご挨拶をしていると、窓の方を振り返ったアレックス様が、
「今日は朝から薄曇りだったと思うのだがな」
と、言い出した。
「公子様、やる気を削ぐようなご発言、控えて頂いてもよろしくて?」
小首を傾げながらアルカイックスマイルを浮かべると、
「私にとっては薄曇りでも良い天気に入るのです」
と、宣言。今の季節なら雨さえ降らなければ洗濯物が良く乾くからね!
「いや、だから、薄曇りは良い天気という部類には入らないだろう?」
「しつこい」
そう答えながら朝食の席に着くと、アレクシア様が指先でバッテン印を出しながら、
「今のは駄目ね、やり直し」
と言い出した。
「確かに、公爵家の嫡男相手に『しつこい』とは、不敬罪に問われてもおかしくないほどの失言になるな」
「アレックス、貴方は黙っていらっしゃい」
親子のやり取りを見ながらナプキンを膝の上に広げて、無言のままにっこり。これがかの『アルカイックスマイル』という奴なはず。
「母上、困ったらとりあえず無言で笑っておけば良いやと思っているようですが、母上の淑女教育とはこんなものですか?」
「まだ始めたばかりですからね」
「そうですよ!まだ始めたばかりですよ!」
二人からジト目で見つめられた私は無言を貫くことを決意した。沈黙は金だって執事のヨハンネスも良く言っていたもんね!
「ところでアレックス、貴方が朝の食卓に居るなんて珍しいじゃない?それほど、愛するマルちゃんに会いたかったのね!」
「そうですね、ヴァーメルダム伯爵邸に火がかけられたという情報はいち早く届けなければならないと思っておりましたので、確かに、いち早く、マルーシュカ嬢には会わなければならなかったかと思います」
「伯爵邸に火がかけられたの?」
「一昨日には姉の死体が発見されたという、あの伯爵邸ですか?」
「その伯爵邸だ」
「まああ!公爵家の警備の者を何名か回していたのではなくて?」
「人を回してはいたのですが、あそこの伯爵家は森に囲まれていたりするので、外部からの侵入を阻止しきれなかったようですね」
火をかけられた?何故?
「すぐにうちの者が気が付いたので半焼程度で済んだのですが、執事のヨハンネスが行方不明となっているようです。使用人たちは家へと戻らせていたのですが、焼死体が一体発見されています」
「まあ!まあ!」
アレクシア様はグレイの瞳を見開いて、息子からの報告に驚きの声をあげている。私は早速、とても気に掛かることを質問した。
「その焼死体がヨハンネスだったという訳じゃないんですよね?」
「焼死体はおそらく二十代の、背が高く逞しい体つきをした男性だった」
「えーーっと」
一昨日には姉の死体が発見されて、一日あけた今日は焼死体が一体発見ですか。
「もしかして、ヴァーメルダム伯爵家、呪われちゃってます?」
「確かに呪われているのかもしれないな」
アレックス様と私は、目と目を合わせてにっこり。これがアルカイックスマイルという奴だと思うのだけど、周りは何故、息を飲み込んでいるのだろうか?
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