第12話 ヴァーメルダム伯爵家の令嬢
ヴァーメルダム伯爵家には二人の令嬢がいる。一人はヘーゼルの瞳に赤金色の髪色をした、聖女の生まれ変わりと言われて持て囃されていた長女のフレデリーク。もう一人はアンバーの瞳に栗色の髪色をした可愛らしい容貌の次女マルーシュカ。
社交にはほとんど出て来ないマルーシュカ嬢を、公爵夫人であるアレクシアはデビュッタントのパーティで見ているので、息子が連れて来たのは間違いなく、伯爵家の次女マルーシュカなのだろう。
姉のフレデリークが亡くなったという一報が公爵家にもたらされた後に、何故か伯爵夫妻が揃って牢へと押し込められたという情報が流れてきた。その為、息子の婚約者の家でいったいどんな陰謀が起こったのかと気になって仕方がなかったアレクシアは、息子が帰って来るという知らせを受けて、早速出迎えることにしたのだが、
「母上、申し訳ないのですがしばらくの間、公爵家でマルーシュカ嬢を保護することとなりました」
息子がにこりと笑って言い出したのを見上げると、
『息子がにこりと?息子がにこり?初めて息子がにこりと笑っているのを見たわ〜!』
頭の中が喜びと混乱でパニック状態に陥った。
「公爵夫人にご挨拶を申し上げます、ヴァーメルダム伯爵家次女、マルーシュカと申します。よろしくお願いいたします」
「母上、最上級でお願いします」
息子が言う最上級とは、警備のランクを意味している。他国からの王族の訪問もある公爵家としては、警備の手配は夫人の役割の一つにもなっている。ちなみに、最上級は王族を警護する際に使われる最上位ランクを意味している。
「まあ!まあ!まあ!そこは任せてちょうだい!」
フレデリークが亡くなったということになれば、アレックスの婚約者の座は空席となり、熾烈な争いが起こることになるだろう。そんな中で、婚約者だったフレデリークの妹が公爵家で保護されたとなれば、どんな妨害が入るか分かったものではない。
『最愛の人を守るためには最上級の警備が必要というわけね!アレックスったら!意外に情熱的じゃない!』
母親のウキウキぶりを視界に入れたアレックスの顔は、すぐさま蝋人形のようにぴくりとも動かない顔へ様変わりした。普段はこれが彼の通常モードなのだ。
「アレックス様、私は使用人としても働けるので、使用人扱いで置いてもらった方が良いのではないでしょうか?」
マルーシュカに可愛らしい声で問いかけられた途端、表情筋が即座に稼働して、アレックスの美麗な顔に皮肉な笑みが広がっていく。
「エルンスト殿下は、君が公爵家で保護されたと喧伝することになるだろう。死んだ婚約者の妹を公爵家で保護しているというのに?使用人扱い?君はこの事態を十分に理解しているのかな?」
頭がバカなの?みたいな感じで自分の額を指先で小突くアレックスを見上げたマルーシュカは、
「ぐぬぬぬ・・あんまり借りとか作りたくないから言っただけなのに・・・」
可愛らしい顔を悔しそうに歪ませて、口をへの字に曲げている。
「それくらいは理解が出来る脳みそがあったようで良かったことだ」
「そうですね、それくらいは理解できる脳みそはあると自分でも理解していますからね」
優秀な公爵家の使用人たちだから声をあげるようなことはないけれど、驚きの表情を隠せず下を俯いてしまう者が何人もいる。
なにしろ、女性に無関心過ぎるアレックスが、女性と普通に話しているのだ。
決して愛を囁いているわけでも、甘い視線を向けているわけでも、蕩けるような笑顔を浮かべているわけでもないのだけれど、アレックスが普通に!女性と!話しているのだ!
「アレックス、マルーシュカちゃんも疲れているでしょうから後は私に任せて頂戴」
アレクシアは間違えたのだ。
あのパーティーで、息子が表情筋を動かしたのは、令嬢の中でも飛び抜けて美しいと言われていたフレデリーク嬢を目にしたからではなく、妹のマルーシュカを見つけて動かしたのだろう。
今の二人のやり取りからも分かるとおり、二人の付き合いはそれなりに長く、気心が知れた仲ということになるのだろう。デビュッタントのパーティーの時にはすでに懇意の間柄であり、だからこそ、アレックスは表情筋を動かした。
その後、婚約者となったフレデリーク嬢との顔合わせの時に、アレックスの表情筋は一ミリたりとも動かなかったのも、婚約後も、最低限の付き合いすらせずに放置をしていたのも、婚約相手が姉の方だったから。
今までみたいに婚約に対して猛烈な拒絶をしなかったのは、マルーシュカ嬢との関わりをアレックスなりに持ちたかったからなのかもしれない。
「母上、マルーシュカは命を狙われています。ですから、くれぐれもよろしくお願いします」
『あらあら!命を狙われていますなんて嘘をつかなくても、アレックスの大事なレディは私がきちんと守りますわよ!』
ふんすと鼻息荒くアレクシアは胸を張ると、
「私に任せておけば百人力でしてよ!」
と、宣言すると、息子の顔は通常通り無表情に戻っていた。
『マルーシュカちゃん相手だと普通の人間のように表情を動かすのに、母親相手になると即座に無表情なのね。いいわよ、分かっていたことだからいいのよ』
ちょっと納得のいかない感情には蓋をして、
「大船に乗ったつもりでいて頂戴!」
と、宣言しながらアレクシアの頭の中には、息子の結婚を進めていくためのプランが縦横無尽に駆け巡り始めていたのだった。
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