第7話 死んだことにしたい
「お父様が結婚話を進めているというリント男爵から逃れる為にも、マルーシュカは死んだってことにした方がいいと思うんですよ」
私は箱の中に突っ込んでいた小銭入れを漁りながら言い出したわけです。
「姉も死んで私も死んで、伯爵家は母方の甥となるヨリックが継いで、それでいいんじゃないんですかね?」
商会で働いて稼いだお金は常に腹巻きに入れて所持しているんだけど、ちょっとした買い物で使用するお金は、革の小袋に入れて箱の中に隠していたのよね。買い物をするにはこの革の小袋が必要なので、ゴソゴソと箱の中身を漁っていると、
「そんなに簡単に行くものなのかな?」
と、口髭の下の口をもごもごさせながらデニスが言い出した。
「仮にも聖女の末裔と言われている家に生まれた伯爵令嬢でしょ?改革派教会なんかは、聖女としてお嬢を教会預かりにしたいと思っているんじゃないのかな?今、この国は、聖宗会と改革派で争っているような状況だから、お嬢なんか改革派の旗頭として十分に価値があると思うけどね?」
「出家するつもりはないんですよ」
聖女の末裔と言われる伯爵家に生まれたものの、宗教観とか、そういうのを全然教え込まれていない。神がどうの、聖女がどうのなんて考える暇もなく下働きとして使われていたわけだし、
「そもそも無宗教なんですよね」
神に祈ったことなんて、今まで一度もないんだもの。だというのに改革派の旗頭?無理でしょ、全然興味ないもんね。
ようやっと箱の奥底から革袋を取り出した私は、中身の小銭を確認しようとした訳なんだけど、
「え?」
革の上から触った感触が小銭じゃないことにまず驚いた。
「何?何?小銭を取られて石でも入れられちゃったとか?」
私の部屋には誰もやって来ない。掃除も自分でやるし、洗濯だって自分でやっているような状態なのだ。
本当に誰も入ってこない部屋なので(執事のヨハンネスもレディの部屋だからといって私の部屋に入るのを躊躇していた)小銭は箱の中に入れたままだったんだよね。
「何?何?私の小銭ちゃんは何処に行っちゃったの?」
恐る恐る私が革の小袋をひっくり返すと、小銭ではなく、5センチほどの何かの塊がスカートの上に落っこちた。
それは光を浴びてキラキラ光る石で、私の古びたスカートの上に載った状態でも、キラキラキラキラ光っている。
「うっわーーー!」
ガタンと音を立てて立ち上がったデニスは、執務室で書類をまとめていた従業員をすぐさま外に叩き出した。
あっという間に三人の従業員を廊下に出したデニスは扉の鍵を閉めると、太ったお腹を揺らしながら駆けるようにして戻ってきて、
「嘘だろ!嘘だろ!嘘だろ!嘘だろ!」
と、言いながらポケットに突っ込んでいた白い手袋を自分の手にはめる。
「何をそんなに興奮しているんですか?」
確かに石はキラキラと輝いているけれど、お母様とかお姉様とかが夜会で着けていくような宝石と比べると見劣りするし、確かにキラキラしているけれども、ちょっとキラキラした石のようにしか見えないでしょうに。
「うわっ!嘘だろ!嫌だ!本当みたい!」
「だから、何をそんなに興奮しているんですか?」
私はちょっとキラキラしているだけのただの石よりも、私の小銭が何処に行ったのか、その行方の方が猛烈に気になる。だけど、デニスの様子があまりにおかしいので、小銭についてはとりあえず考えるのをやめた。
「だっ・・はっ・・まっ・・やっ・・」
顔を真っ赤にした小太りデニスは、自分を落ち着かせようと何度も大きな深呼吸を繰り返した末に、声を潜めるようにして言い出したのだった。
「これは・・十年前に帝国から忽然と無くなったと言われている聖女の涙です」
「聖女の涙?」
聖女の涙というものは、長年、聖宗教の総本山で隠すようにして守られてきた聖遺物の一つだとも言われていて、十年前に忽然とその姿を消したことで世界中が大騒ぎしたということは知っている。
何でもその『聖女の涙』がリンドルフ王国の改革派教会まで流れて来たのではないかという噂があって、枢機卿がその確認のために王国を訪れているところでもあるわけだ。
「宗教の自由を謳っている王家は、聖宗会、改革派教会、どちらにも肩入れしないと明言しているし、今回の『聖女の涙』騒動についても、ノータッチを貫き通すと宣言されたって新聞にも書かれていましたよね?」
「その問題のブツがここにあるだなんて・・怖い、怖すぎる・・」
デニスが真っ青な顔でプルプル震えているのは仕方がないことだと思うよ?
何しろ、問題の聖遺物が今、ヴィンケル商会にあるということが他所にバレたら、聖宗会による異端審問間違いなしの状態になるからね?異端審問って、それ即ち拷問のことだからね?何処から手に入れたんだって、責められる未来しか見えないよ?
「すみませーん、マルーシュカ様居ますかー?」
ぴっちりと閉め切った扉が突然ノックされた為、私たち二人はその場で5センチは飛び上がったと思う。
「ブラームですよー、アレックス様のお使いで来ましたー。扉に鍵がかかっているみたいなんですけど、商会長とムニャムニャ中ですかねー?そんな小デブの親父を相手にしなくても、世の中にはもっと素敵な男性がいるかと思いますけどもー」
いやいや、逢引き中ではないんだけども。
というか、マジで今、閃いたんだけども。
「このよく分からないブツへの対応は、小公子様に丸投げ案件になるのでは?」
「確かに、閣下にぴったりの案件だと思います」
私たちはブツを革袋の中に放り込むと、すぐさま、アレック様の最側近であるブラームを執務室へ招き入れたのだった。
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