第17話 ネコちゃん配膳ロボット
食事をするお店には、田原小鳩の大きな傘に入って、二人で歩いていった。
あいあい傘と言える状況なのかは分からない。レインコートを着ている田原小鳩は、傘のほとんどを私にさしかけてくれているからだ。
ほとんど歩かないうちに、私たちは中華系のファミリーレストランにたどり着いた。
「この辺で美味しいお店というリクエストですが、僕は飲食店には詳しくありません。ですので、妥当に美味しいと思われるチェーン店にしました。それにこのチェーンはですね」
「チェーンは……?」
気になって問い返すと、田原小鳩は店内に入った途端に曇った眼鏡をくいっと上げて言った。
「ネコちゃん配膳ロボットが居ます……!」
「なんと……!」
ときめきに胸を踊らせて、私はカバンの持ち手を握り直した。
「ただし、必ずネコちゃんが来るわけではありません。ヒトが来ることもあります」
「運次第、というわけですね」
了解、というように目線を合わせると、私たちは案内されたテーブルについた。
席についてメニューを開いて、その時点でお腹が空きすぎて何も考えられなくなっていた。
チャーハン、餃子、担々麺、ごま団子、ドリンクバー。
淡々とタブレットに注文を打ち込んでいく私の手元を見て、田原小鳩が目を丸くしている。
何か言いたげに口を開いたので、食べすぎ、と言われるのかと思ったが、意外な言葉が飛び出てきた。
「そんなにたくさん、ネコちゃんが運べるでしょうか?」
真剣な声色で、田原小鳩はそう言ったのだ。
結果として、ネコちゃんは来た。大量の注文品を、ロボのお腹にある三段の棚に載せて滑るようにやって来た。
「ヒトじゃないですよ! 田原さん、私たち、賭けに勝ちましたよ!」
「いやあネコちゃんは偉いですねえ」
ロボのお腹からせっせと料理を取り出しながら、田原小鳩は顔をほころばせていた。
田原小鳩が頼んだのはラーメンとドリンクバーのみで、そのラーメンも麺少なめだ。
やっぱり彼のお腹の虫は私よりも小さいのかもしれない。
ところで、注文を待つ間、私たちはそれぞれにドリンクバーから運んできたジュースをお供に本を開いていた。
私はポポン文庫の官能小説。田原小鳩はリリン文庫。
カバー無しの官能小説を外で読むというのは、自分の黒歴史トラウマをおおいに刺激するものだった。
正直、席の横の通路を他のお客さんが通るだけでも冷や汗ものだ。買ったばかりの本のページが手汗でしなしなになっていく。
でもトラウマを克服して書きつづけてくれ、と田原小鳩に要求している身として、私だけ安穏としているわけにはいかない。
本から顔をあげて、ちら、と彼の顔を見る。
真面目な顔で『海のまち』一巻を読んでくれている。
今まで、自分の好きな作品を勧めて、こんなに真剣に読もうとしてくれる人は居なかった。
――しょせん、若い女の子向けの夢みがちな話でしょ。
――子供だましのご都合ストーリーって感じ。
今まで言われてきたことのある言葉がよみがえる。
本を見せただけでも、言われてきた。
でも田原小鳩には、なんの構えもなく差し出すことが出来た。
……それはなんでだろう?
「あの、無理、しなくてもいいんですよ」
ふ、と顔を上げた田原小鳩と目が合った。
私が本から顔を上げて、自分を観察していることに気づいたらしい。
あと手汗でしなしなの本にも気づいたかもしれない。
「無理、とは?」
「僕の好きなものが、
そう言って田原小鳩は、本で顔を隠す。いじけた子供みたいな仕草だった。
そこにネコちゃんロボットが来た、というわけだ。
担々麺をすすりながら、本の冒頭の内容を思い出す。
やっぱりえっちな場面から始まっていた。
海女さんという設定を生かして、海から始まる。昆布に脚をとられて溺れかけたところを、ずっと彼女に想いを寄せていた義理の息子が助ける。そして気絶した彼女の体を好き勝手するのだ。
なるほど、えっちが大切な小説だということは分かった。
でも一つ、疑問が浮かぶ。
「……お尻は無事だったんだよなあ」
「え?
ラーメンのスープをレンゲですくって、ふうふうと息を吹きかけていた田原小鳩が顔を上げた。
眼鏡がくもる程の湯気は出ているとはいえ、さすがに猫舌すぎではないだろうか。
「いや、えっちシーンが必ずあるのは分かったんですけど、お尻は絶対ではないんだなあと思って」
「あ、それは僕の性癖ですね」
さらっと言って、田原小鳩は十分にぬるくなったであろうスープをすすった。
キリッという効果音が聞こえそうな引き締まった表情だけれど、眼鏡はくもっているし、内容も内容だ。
知りたい情報では無かった。うん。
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