解決の手がかりは物語の序章

「羊が何でこんな所に? 」


 そう思っていると羊はトコトコと歩いて姫殿下の近くに行こうとしていた。



(流石に羊一匹に後れを取ったりはしないと思うけど……)



 何があっても大丈夫なように見張っていると、間近まで来た羊は姫殿下ではなく持っていたスープの入った皿を狙っていた。

 匂いにつられてやってきたのかと気を抜いて再び姫殿下を見ると羊とスープの取り合いをしていた。



「何で!? 」



 思わず叫んでしまったが普通に危ない。



 お腹が空いて凶暴になっていると思うので、嚙みつかれるかも知れないし突進されて角が刺さってしまうかもしれない。


「姉様、危ないからスープを渡してください!お腹空いているならまた何か新しいものを作るから! 」


 そう言って姫殿下に駆け寄ってからお皿を取ろうとすると、羊は食べることが出来ると察したのか大人しくなった。

 元々は口に合わなかったと思われるこのスープは私が食べる予定だったので羊にあげるくらい何ともない。



 そう思っていたら、姫殿下は泣きそうな顔をしていた。




「これは、私の為に作ってくれたものだ!!何で羊ごときに渡さないといけないの!? 」


 思いもよらない言葉と突然変わった口調に驚いてしまい私は固まってしまった。


(口に合わないんじゃなかったの? )


 そんな事を考えていると姫殿下はぽつりと話し出した。


「温かい食べ物も私の為に作ってくれたものも初めてだったから、ゆっくりと食べていたの。私の為に作ってくれて本当に嬉しかったから……。」


「姫殿下……。 」


「でも、私に優しくするのは責任感と私がした『命令』だからで……。淡々と任務を遂行しようとしてるのを肌で感じた……。自分から言った筈なのに、普段ならこんな気持ちにならないのに、どうしたらいいのか分からない。 」



 俯きながら話す姫殿下に一体なんて声をかけたらいいのだろうか。



 きっと今の私には姫殿下の求める答えを心から嘘偽りなく言うことは出来ない。だって、私自身が姫殿下に伝えたいことが分かっていないのだから。


(……正解が分からないわ)




そんな状況を変えたのは私でも姫殿下でもなく第三者の声だった。




「そろそろお話してもいいかい? 僕お腹が空いちゃって。 」



 此処には私達以外の人間は居らず、居るのは羊だけだ。姫殿下はスープ皿を私に渡して羊に剣の切っ先を突きつけた。


「お前はいったい何だ? 」


「その答えはスープをくれたら答えてあげるよ、ゼノビア・エヴィエニス。」



 私は急いでスープの残っていた鍋を持ってきて羊の目の前においた。



「私の持っているスープは姫殿下のものだからこれで我慢してくれる? 」


「ちょうどいいや。ゼノビア、僕と一緒に食べよう。その間に教えてあげるよ。」


 その一言で姫殿下の昼食は再開した。






------------------

 

姫殿下と羊が食べ始めたのをみて早速質問をしてみることにした。


「羊さん……、えっと、先に名前を聞いても? 」


「僕の名前はクリーオス、好きに呼んでいいよ。それよりこのスープ凄く美味しいねぇ。この鍋の中身は全部食べてもいい?あ、君の名前は?」


「ありがとう、クリーオス。そう喜んでもらえて嬉しいわ。私の名前はハンナ。私はもう食べたから残りは食べてもらって構わないよ。」



 美味しいと勢いよく食べるクリーオスから悪意は感じられない。 



 機嫌もいい今のうち聞ける事は聞いておこう。



「早速だけど、何で姉様の名前を知っていたの? 」



 そう問いかけるとクリーオスは面食らった顔をしていた。



「おかしいなぁ。ゼノビアには姉妹は居なかったと思うけど、僕の間違い? 」


「あ、えっと、旅をする時に決めたものなの。」


 そう答えると関心がなくなったのか鍋に顔を突っ込んで食べていた。



「ふーん、よく分かんないや。普通は年上の姉妹を『姉』って言うんじゃないの? 旅をするのって難儀なんだね。」




 その言葉を聞いて思わず立ち上がった。


 今の外見はどう見たって姫殿下の方が姉に見えるはず。

 『ゼノビア』と名前も知っていたし、完全にカイロス様と繋がりがあるのは明らかだ。



 それは姫殿下も分かったのだろう。皿を持つ手に力が入っていた。



「さっきの話でカイロス叔父上と繋がっているのは分かった。叔父上は今どこにいる? お前はこの魔術を解けるのか? 」



 クリーオスは鍋を放してこちらを見ていた。

どうやら、スープは飲み切ってしまったらしい。



「カイロス? なぜカイロスが出てくるんだい? 」



 とぼけているのか質問を質問で返してきた。

その態度に姫殿下は不機嫌を露わにし、スープを置いて再び剣をクリーオスに突き立てた。



「この姿の私をゼノビア・エヴィエニスと見破り、私とハンナに掛けられた原因不明の魔術を分かっている素振りを見せた。これでも叔父上と繋がっていないと言えるのか? 私は気が長い方ではない。余りふざけるなよ、家畜風情が。」



 この言葉に腹を立てたのか、魔力を練り上げる気配がした。


(凄い魔力量!! こんなの生命体が持っていい魔力量じゃない! )


「お前こそ、人間風情があまり調子に乗らないでよね。僕が手を下さないのはハンナがスープをくれたからであって、カイロスの血族だからじゃないよ。僕に真剣を向けるのなら、この状況の意味を理解できないほど無知ではない筈だよね? 」



 ビリビリと肌を焼くような魔力に怖気づいていると、クリーオスは魔力を練り上げるのを辞めた。


「あ、力の差を分かってくれたのならいいや。僕は君たちが持っているその時計の宿主だって事と、随分と懐かしい魔術が使われているなって言いたかったのさ。」


 怒りを収めてくれたと思ってほっとしていると、聞き捨てならない言葉が聞こえた。



「クリーオス、その言い方だと貴方がこの時計に埋まっている魔石と言っているように聞こえるわ。それに、この魔法具で私達の体内時間を入れ替えたのではなく、カイロス様ではない誰かが私達に魔術を行使したのよね?」


 魔術を使ったのは確実にあの男であるのは確かだが、男の手当たりがないのでどんな魔術かを聞いてみた方が解決につながるかもしれない。



(そして、懐中時計に埋まっていた魔石は自分の意志を持っている特別な石。代用品なんて勿論ないだろうし、どの様な姿でいるのかも検討が付かない分探すのは困難を極めるはずだわ)



 クリーオスの様に人間ではない姿であれば分かるとは思う。


 けれど、こちらと同じ人間の姿をしていたら見つけ出す事は探知魔法で出来るかもしれないが今度は人間でない証拠を見つけなければならない。



(白を切られる様な人間の姿をしている場合が少ないことを祈るしかないわ)



 今後の行動について思案しているとクリーオスは私の先ほどの質問に答え始めた。



「大体は君の思っている事で合っているよ。僕はその魔法具の魔石で、僕を含めて12個の魔石を埋め込まないとその魔法具は動かない。君たちに掛けられた魔術だってその魔法具を動かせれば解けるよ。」



クリーオスの話を聞いて姫殿下が問いただした。


「言い分は分かったが、私には魔法具を動かすために12個の何処にあるか分からない魔石を探すよりも、叔父上を探し出して首謀者と共に術を解いてもらう方が早いと思うが違うのか? 」



 姫殿下の言い分も分かる。

カイロス様を探すことは無謀に近いから私たちは解除の糸口となる魔術道具を動かそうとしている。


 けれど、カイロス様を探す事と魔法具を動かす為の魔石探しの2つの物事の手間を考えるとどちらを選んでも同じな気がする。



「カイロス様を探すことに注力して見つけたとしても大人しく捕まってくれるかしら? 」



「それは、この魔法具を動かすための魔石を探す事も同じくらいの手間だと思う。」



 クリーオスは私たちの話を聞いてまたもきょとんとしていた。



「君たちはまた勘違いをしているね。君たち魔法具を集めて動かす事とカイロスを探すことを同時進行で行わないといけないよ。」



その言葉に反応したのは姫殿下の方が早かった。



「どういうことだ? 魔法具を動かせれば魔術は解けるのだろう? 叔父上は関係ない筈だ。」



 でも姫殿下の問いにさっきまで饒舌に話していたクリーオスは答えることは無かった。



「僕が今、情報の開示が出来るのはここまでだ。」


「どういうことなの?」



 さっきまでと明らかに様子の違うクリーオスに動揺をしているとさらに困惑させるような事を言ってきた。



「僕の恩情だと思って欲しいな。これ以上の開示は君たちへの試練の要求を跳ね上げないといけなくなるからね。」



 そういうとクリーオスは佇まいを正し、私達に向き直った。



「ゼノビア・エヴィエニスとハンナ・バーベナ。僕の出す試練を達成することが出来たら大人しくその魔法具に埋まる魔石なろう。」



 姫殿下は顔をしかめた。

無理もない、先程から私達はクリーオスの発言に振り回されている。



 それをすべて受け入れて行動することは少しためらわれた。


「それを、私たちに信じろと?」


「僕たちは人間とは違ってそれぞれの道理で動いている。約束を簡単に破ってしまう君たち人間とは違うとだけ言っておこう。」



 余りの物言いに姫殿下の口調もクリーオスに対して強くなっていく。



「喧嘩を売らないと話すことが出来ないのか? お前は。」


「僕たちの在り方の説明をしたつもりだったんだけどな。僕たちは基本的に約束を破れない様に設計されているからね。」



私たちの意見は無視して話が進められていく。





まるで元から決まっていた道筋を辿っていくように。

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