inhuman
霜月かつお
1章 全ての始まりと出会いの時
始まりを告げる時計の音
ーーー???sideーーー
夢を見ていた。
未来という確定された地獄を男は夢を通して見続けていた。
「……っ!……は、はぁ……はぁ……。」
息苦しさの中、男は悪夢から目を覚ます。
ゆっくりと深呼吸が出来る様になってから男はようやく夢から醒めたのだと実感する。
「この息苦しさを感じないと安心できないなんて皮肉だな。」
苦しみから解放されたいのに、この苦しみが続くうちはその時はまだ来ないのだと安心してしまうのだから救いようがない。
恐ろしくて眠ることが出来ないことに共感してくれる人なんているのだろうか?
けれど、この悪夢が終わることは男がどんなに願っても叶うことは無く、長年見続けた悪夢は男の精神をおかしくさせるには十分であった。
「あいつを……この世から消さないと……。」
男は体を覆い隠すほどのローブを身にまとい、大切にしている懐中時計を手にして呟く。
自分が救われる為に罪を犯す。彼女に会うまではその事実を狂気の中にいる男はきっと気がつかないまま。
ーーーハンナsideーーー
煌びやかな装飾の品や豪華なディナー、参加しているのはそれに見合った品のある貴族の方々。
ハンナは明らかな場違い感を感じていた。
(見た目は伝手を頼ったから、そんなに芋臭さは感じないはず……)
今日はエヴィエニス王国の時期国王となられるゼノビア姫の8歳の誕生日をお祝いする席に呼ばれていた。
「光栄なことなんだけど、出来る事なら城下のお祭りに行きたかったなぁ。」
ゼノビア・エヴィエニス姫殿下。
齢8歳にしてあらゆる分野で才覚を表しており、特に剣の才能は王国騎士団の師団長も凌ぐとまで言われている。
「きっと素敵な王様になられるんだろうな。」
そんなことを考えていると、私に声をかけてくる男の声を聞いて憂鬱な気持ちになった。
(うわぁ、ジョセフ・アンダート!そうだ彼も私と同じように招待された人間だったわ)
出来れば同じ空気も吸いたくないほど嫌いな男との再会によってこの宴に呼ばれた経緯を思い出していた。
私、ハンナ・バーバラは決して貴族の出身ではない。
そんな私が姫殿下の生誕祭で城に招かれたのはこの国で最も貢献した10人の魔術師のうちの一人であったからだ。
「いやぁ、ハンナ嬢。庶民の生活を豊かにする魔法具を編み出して特許をいただき、最近では最年少の魔術講師の資格を得たとか。
いつも私では考えにも及ばない観点から物事を考えになりますねぇ。やはり、出自の問題でしょうか?」
(そんな庶民の女から論文を盗んで自分の手柄にしてるのは貴方でしょう!? )
この男、私の書いた論文を盗んで自分の功績にしていた。しかも、1回や2回ではない。
そんな彼の嫌な所を頭では沢山考えているけどそれが口に出ることはなかった。
(この男は私が言い返せるほどの気が強くないって知ってるもの)
うつ向いて黙っていると、気をよくしたのか更に話しかけてきた。
「しかし、次代の王がゼノビア様とは憂う事が多そうですなぁ。」
「それは、どういう意味でしょうか? 」
反射的に強めの口調で返してしまったが、この反応は予想外だったらしく少し動揺して見せたが直ぐに嫌な笑みを浮かべた。
「姫様は皆に不遜な態度を取られ、人を駒のように動かす。
最近ではさらに剣の腕も伸び、いずれは王国騎士団長すら凌ぐのもそう遠い話ではないと聞きますから。」
その言葉を言ったのは彼なのにジョセフは嫌な顔をした。
「女に政事は出来るのでしょうか? 感情で物事を考えるのが女性であれば姫の統治は戦だらけになってしまいそうですなぁ。
女性の幸せは目立たずに男性に尽くすことだとは思いませんか、ハンナ嬢?」
恐らくは『でしゃばるな』と私に釘を刺そうとしたのだろう。
でも、私を傷つける為に貶した相手が悪かった。
「撤回してください。」
「あぁ、気を悪くさせてしまいましたかな? これは失礼。」
謝る気がないのが手に取る様にわかる。また私の方が折れて逃げ出すと思っているのだろう。
でも、姫殿下を貶したことを許すわけにはいかない。
「いえ、私の事はどう思っていただいても構いません。しかし、姫殿下の侮辱は許しません。あの方は将来、立派に国を統治されるお方です。」
思ったよりも大きな声を出してしまったらしく、広間の人から注目を集めていた。これには流石のジョセフも狼狽えていた。
「ハンナ嬢、誤解だ。この国の星を貶すなんてそんな事言う訳ないだろう!」
「誤解……ですか?」
「あぁ、そうだとも。私はそんな愚かなことはしない!」
彼の今までの所業を思い出して思わず笑ってしまった。
「何が可笑しい?」
「いえ、そうですね。貴方は愚かなことをしておりませんわ。だって、愚かだと分かっていたら自身では証明できない論文を自分のだと発言なさる無様はしませんものね?」
その言葉を聞いた人たちはジョセフを見ながらひそひそと話している。
風の噂によれば彼はアカデミーを卒業してから成果を出せていないと聞いていたので私の話が信憑性があったのかもしれない。
(表沙汰では私と同じ立場だけど、殆ど知り合いの貴族のコネで推薦を貰ったなんて噂もあるからそれも私の信憑性を高めているのかも)
彼がこの空間に耐えられなくなったのか私を憎しみの籠った目で見つめていたと思ったら私に向かって腕を振り上げてきた。
「よくも恥をかかせたな、女のくせに!!」
咄嗟の判断が出来ず目を瞑って固まってしまったが、いつまでたっても痛みは来なかった。
目を開けると其処にはこの国で最も高貴な少女が彼から庇う様にして私の前に立っていた。
「ゼノビア姫殿下……。」
姫殿下は私を殴ろうとしていたジョセフを冷たい眼差しで見つめていた。
「男だ女だという前に貴様は紳士の風上にもおけないな。貴様のような者はこの国を支える人物に値しない。王族を侮辱した罪は罪人として贖ってもらうぞ。」
姫殿下に命令された兵士は抵抗するジョセフをあっという間に連行していった。
姫殿下にお礼を言いたいけど高貴な身分の人には話しかけてはいけないマナーがある為、どうしようかと考えていると姫殿下がこちらを向いたのでお辞儀をした。
「楽にして大丈夫だ。貴方に怪我はないか?」
姫殿下に話しかけていただき許可をいただいたのでお辞儀を辞め、お礼を言った。
「はい、感謝を尽くしても足りません。このご恩は一生をかけて国と姫殿下にお返ししていく所存でございます。」
そう言うと姫殿下は表情を柔らかくした。
「体が勝手に動いただけだ。でも、体が勝手に動いたのは貴方の言葉を聞いたからだと思う。」
「私の言葉を、ですか?」
私はそんな大層な言葉は言っていない気がするけどなと思っていたら姫殿下が口を開いた。
「私の事を立派な王になると信じてくれたから。きっと、嬉しかったのだと思う。」
何処か他人事のように話す姫殿下になんと答えるのが正解なのだろうか。
そう考えていると、また姫殿下が話してくださった。
「では、私はこれで失礼させてもらう。」
「あ……。」
そう言って背を向けて歩き出した姫殿下を私は頭を下げてただ黙っていた。
「……何が正解だったんだろう。」
見間違いじゃなければ、姫殿下は悲しそうな顔をなさっていた。きっと欲しい言葉があったはず。
だけど、一般市民の私が姫殿下の欲しい言葉なんてわかるはずがない。
「きっと、違うわ……。『だって、本当にそう思ったから』なんてあまりにも不敬だもん。」
そう言って先程の光景を思い出していると何か音が聞こえた。
----カチコチカチコチ
「時計の音? 何処から鳴っているのかしら? 」
カチコチカチコチカチコチ…………カチ、コチ----ガキンッ!!!!!
音のする場所を探していると突然、金属がかみ合ったような大きい音がした。
「きゃぁ!! 」
余りの大きな音に驚いて思わず声を上げてしまい、周囲から怪訝な顔をされてしまった。
一瞬時が止まったかのような錯覚に陥るがそれよりも周囲の反応に違和感があった。
「凄く大きい音だったのに誰も気にしていない? 」
それはあまりにも不自然だ。
そんなことを考えていると中央の方が騒がしく、人をかき分けてそちらに向かうと信じ割れない光景が広がっていた。
「姫殿下……?」
中央にはさっきまでいた筈の姫殿下が忽然と姿が消えていた。
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