第8話 ショッピングモール
山本さんのキスは唇と唇を重ね合わせるだけで、数秒で終わった。
突然の展開に私はひどく
まさか、私のファーストキスが女の子に奪われるとは…
そんなこと、思っていなかった…
山本さんの頬が
もちろん、私も…
「やま…山本さ…」
動揺の隠せない私に彼女は口角を上げながらしたり顔で応対する。
「その反応まさか…ファーストキス???」
「そ…そうだけど…」
「じゃあ、もう私以外奪えないんだ!やったー!」
彼女の様子は先程まで泣いていたとは思えないぐらい明るかった。それはまるでもう1つ他の人格が彼女に潜んでいたかのような光景だった。まあ、そんなことは無いだろう。おそらく、私を元気づけるために無理に明るく振る舞っているというのが正解だろう。
にしても、変わりようがすごい。
「そういや、よしっちさ~」
「よしっち!!?」
「今付けたあだ名!いちいち、名字にさん付けて呼ぶのってなんか他人行儀っぽくない?私のことは、やまこりんとかでいいからさ~」
「なんでや!ネタが古いわぁ!ってかそもそも私たち、他人やん!」
思わず、突っ込んでしまった。
お互い笑い合う。
先程まで同じ空間であんな暗い話をしていたとは思えない雰囲気が場に包まれていた。彼女は憎たらしくなるほど良い笑顔だ。目尻がこれでもかと言うくらい下がっている。
2人で話し合って、彼女は私を今日から”よしっち”、私は彼女を”凛ちゃん”と呼ぶことにした。”凛ちゃん”は安直過ぎるかなと思ったが、”やまこりん”よりはマシだろう。
辺りがすっかり茜色になってきた。比叡山の方に夕日が沈むのが見えた。
彼女は、黒髪に茜色を
「ねえ!今からあそこのショッピングモール行かない?」
彼女は、琵琶湖の南を走る大きな橋を超えたら、すぐに現れるショッピングモールに向かって指をさした。ここからは、だいぶ小さく見える。それもそのはず。最低でも歩いて1時間はかかる距離にあるのだから。
「えっ!今から???」
「だって~行きたいんだから、仕方がないじゃん!」
私はそこまで歩くのが少し億劫だったが、彼女の気晴らしのためにも必要だと思い、仕方なく2人で行くことになった。私も彼女に救われたので恩返しの気持ちもある。
「まさか…初デートも奪っちゃった?」とにっこりと笑う彼女。
「まあ…そうやね」とちょっと表情に恥ずかしさからの抵抗を示すが、内心、満更でもない様子の私。
そんな
橋の手前に着く頃には、空は暗くなっていたが、湖岸道路の近くということもあって外灯も多く、歩いている道自体はひどく明るかった。この橋は以前、母と車で渡ったときは、そこまで長く感じていなかったが、歩いてみると、まあまあ長い橋だったんだなと思った。
橋を渡り、クタクタになった私たちの左手にショッピングモール、右手に数件のラブホが見えてくる。私は先程のキスのせいか、ラブホが視野に入った時少しドキドキした。気持ちの悪い男という生物と入るのは嫌だが、山本さんみたいな可愛い女の子と入るのは良いかもしれない…そんなことを少し思った。私はおっさんか!
2人でショッピングモールの敷地に入る。ショッピングモールは近くで見ると大きくてまるで異国の城のように見えた。このショッピングモールには大型書店、映画館、ブランドショップ、百均、自転車屋、ゲームセンター、レストランなどなど学生にとって必要なものはほとんど全て揃っていると言ってもいい。後、古本屋や温泉まで少し離れた別館にだがある。
グーーーーーー
ショッピングモールの敷地内に入るやいなや、山本さんのお
「ごめん…恥ずかしい。歩き疲れたし…さすがにお腹すいちゃった~フードコート行かない?」
彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめ眉を寄せて、私にそんな提案をした。
フードコートに着いた。そういや、と思い立ち、LINEで母に夕飯を食べる旨の連絡を送った。うちの母のことだから詮索はしないだろう。
彼女はショッピングモールに入ってからは症状が出ているのだろうか、常に無言で、体の動きもぎこちない感じになっていた。
彼女はフードコートのラーメン屋で濃厚なこってりラーメンと餃子&チャーハンを指さしで恐る恐る頼んだ。意外と大食なのかもしれない。食べ始めた際に、それらのニンニク臭がきつかったので、キスする前にこのショッピングモールに来ることにならなくて良かったと思った。一方、私はフードコートのとんかつ専門店で、とんかつ定食を買い、食べた。とんかつは至って普通の”六枚のとんかつ”だった。ソースと豚肉の良い香りがして、色々あった今日の疲れを忘れさせてくれた。やっぱり”六とん”は最高である。
ごはんを食べた後は、彼女に食品売り場で口臭を消すガムを買って噛んでもらったり、彼女が好きな絵本を一緒に探すために本屋の絵本コーナーを回ったり、ゲームセンターでUFOキャッチャーをしたり、した。彼女は、その間ずっと、やはり言葉を発せられなく体が強張ってもいたが、表情に関しては無表情ではなく少し楽しそうに見えたので、良かった。そして、放課後の娯楽を満喫した後、私たちはショッピングモールから出た。
ショッピングモールの駐車場にて、
「はあ、今日は楽しかったね!ちょっとした慰安旅行だ!」
彼女は笑いながらそう言った。
「へへへ。そうやね」
「そういやさ…ここの別館って温泉あるらしいけど、行かない?」
温泉と聞き、私は少し驚いた。温泉は良いが、帰りは徒歩1時間だし、湯冷め不可避であるからだ。しかも、まだ会って1日も経たない女子と裸の関係になるのもちょっと気が引けた。しかし、昨日と今日で色々あったこともあり、私の体はガチガチになっていたのも事実であるし、やっぱり、入るかとも思った…が、その
平静を保つふりをして、彼女に語り掛ける。
「ごめんやけど、温泉は今日はちょっと!お金がちょっと今月ピンチなんや!!」
私は我ながら、よくある言い訳をしたなと思ったが、彼女は納得したようだった。
「なるほど!じゃあ今日は家に
彼女はそう言いながら、今日書店で買ったチョッキを着たネズミの絵本を見せてきた。ダジャレのつもりだろうか。私は何も答えなかった。
「…って突っ込まないんかい!関西人なのに!!」
彼女はわざとらしく怒ったような表情を浮かべてそう叫んだ。
私はその勢いに思わず吹き出してしまった。
彼女も吹き出す私を見て同じく吹き出した。
今日は彼女のおかげで最高な日に塗り替えられた。
帰路につく。
橋の途中で私の横にいた彼女が急に足を止めた。
月を見つめながら、彼女がボソッとつぶやく。
「よしっち、かぐや姫っているじゃない?」
「いるなぁ」
「かぐや姫って月の住人だったわけじゃん。けど、罪を犯して人間界に落とされた」
「何?急にどうしたん???」
「かぐや姫って結局、人間界の男とは誰とも結ばれなかった。あんなにアプローチされてたのに…」
「つまり何が言いたいん?」
「これは私の解釈だけど…かぐや姫って月の世界で男にひどいことされて、男嫌いになったんじゃないかな?嫌いじゃなかったらあんな態度取らないし…まあ、これは私の願望も入っていると思う」
そう言って、彼女は走り出し私の前方で大の字ポーズになった。かと思いきや、私のもとに駆けてきて、抱きしめながら押し倒した。いつの間にか、自分のカバンを私の後頭部に置き、ちゃんと私の頭も守ってくれている。手際が良い。
私が突然の出来事にあたふたしていると、彼女は恍惚の表情を浮かべてこう言った。
「だからさ、そう考えると、かぐや姫は女の子が好きだったんだと思うんだよね。女の子が好きだから、男を突き放してたわけ。少し、求婚者に同情を示す場面もあったけあくまで同情だけだしね。本当の恋心ではない」
彼女の抱きしめる力が強くなる。吐息が耳元で聞こえる。
「まあ、何が言いたいかというとね…私もかぐや姫みたくあのラーメン屋の一件でかぐや姫みたいに男が嫌いになっちゃったの!だからさ…
私と一緒に付き合って欲しい!」
覆いかぶさっている彼女の目から大粒の涙が突然ポロポロと出てきて、私の顔にかかる。私は唖然として大きく口を開けていたため、私の口の中に数粒涙が入る。少ししょっぱい。
彼女が言っている、”付き合う”とは、”恋愛関係になる”ということなんだろうか?
私はラブホを見たときにふと思ったことを思い出した。
――――――気持ちの悪い男という生物と入るのは嫌だが、山本さんみたいな可愛い女の子と入るのは良いかもしれない
私も彼女と同じで、まさか…女の人のことが好きに…?
そんなことを思っていると彼女が私に唇を重ね始めた。
月夜の光を反射した黒髪が私の視界を覆う。
彼女の流す涙がポツリと落ちてきて、私の頬を伝った。
なんだか冷たくて気持ちが良かった。
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