079:ユウジの想い
「ギャァアアアアアアアスッ」
ケルベロスの悲鳴が爆音のように響き渡る。その悲鳴は耳を塞ぎたくなるほど甲高く不協和音や耳鳴りなどを合わせたような音だ。
ユウジは左手で左耳を塞ぐが失ってしまった右手では右耳を防ぐことができない。右耳からは血が垂れ鼓膜が完全に破けた。耳鳴りが鳴り響いているが自分のものなのかケルベロスのものなのかわからない。
「う、うるせぇ……頭が、どうにか、なり、そう……」
ケルベロスの爆音の悲鳴はアヤカとキンタロウにも届いた。アヤカはキンタロウを守るために自分の耳を塞がずにキンタロウの耳を塞いだ。そしてケルベロスに背を向けて悲鳴を体で受け止める。
「キーくん。が、我慢。がま、ん」
耳を塞がなかったアヤカの左耳からは血が垂れた。ケルベロスに爆音の悲鳴で鼓膜が破れたのだろう。
「く、うぅ、これは酷いのぉ……」
この中の誰よりも小さい体のイリスには、ケルベロスが放つ爆音の悲鳴は、飛んでいた体を地に落とすほどのダメージを与えた。
風と雷の最大魔法を受けたケルベロスの周りは黒煙が上がっている。その黒煙に向かってユウジは願う。
「頼む。これで終わってくれ……」
黒煙の中からケルベロスの姿が徐々に現れていく。前足から崩れ落ちているケルベロスの姿だ。
「や、やったか?」
ユウジは目を凝らし倒れているケルベロスの生存を確認する。微かに息をしているケルベロス。そんなケルベロスは前足に力を入れ立ち始めた。
「クソ。これでも立つのかよ……」
ユウジの願いも虚しくケルベロスは最大魔法に耐えた。
「でもチャンスだろ」
ユウジは立ち上がろうとしているケルベロスに向かって走り出した。ユウジはもう魔法を使うほどの体力は残っていない。それならば残された攻撃方法は打撃のみ。己の拳で攻撃を与えなければならないのだ。
「うぉおおおお」
ユウジの雄叫びが響き渡った。その声をかき消すようにイリスが「待つのじゃ!」と必死に叫んだ。
しかしイリスの叫び声は鼓膜が破れているユウジの右耳には届かなかった。左耳にわずかに届いたが、時すでに遅し。
「がはぁ……おい、お、い、嘘だ、ろ……」
ユウジは背後から攻撃を受けた。目の前には立ち上がろうとしているケルベロスがいる。なら誰がユウジに攻撃を仕掛けたのだろうか。
ユウジは痛みを感じる背中を確認するために恐る恐る振り返った。
「このヘビ、こんなに伸びんのかよ……」
ユウジの背後には、ケルベロスの尻尾から伸びているヘビがユウジの背中を思いっきり噛み付いていた。
「ガハァッ……」
ユウジは口から大量の血を吐いた。吐血した血は白い床に落ちる。その血を目で追いかけているうちにあることに気が付いた。
「ぐ、ガ、ぁ……」
背中を噛み付いていたはずヘビの頭が視線の先、真下にある。ヘビはユウジの背中を貫通し腹まで食いちぎったのだ。この状況を理解した瞬間、体が一気に冷たくなっていくのがわかった。
「ユーくーん!」
貫通するユウジを見たアヤカが必死に叫んだ。痛む鼓膜など気にせず必死に声を届かせるために叫んだ。
その声はユウジの左耳に微かに届いた。
「アヤカ……」
霞んでいく瞳の中ユウジは残された力を振り絞り、自分の腹から飛び出しているヘビの首を左手で掴んだ。
「イリス……。絶対俺に蘇生スキルを使うな! アヤカを守れ! キンタロウを守れ! 俺の家族を守れ!」
その言葉は自らの死を受け入れている言葉だった。
妖精イリスが持つ最大の能力『蘇生スキル』を自分に使うなと命じたユウジ。蘇生スキルは1回限りの生き返りのスキル。死んだ人間が生き返る禁断で最強の能力だ。
「これで終わらせてやるよ」
ユウジは目を閉じた。再び目を開けた時、ユウジ以外の時が止まっていた。
「
時を止めたのはユウジが持つもう一つのスキル『時を止めるスキル』だった。
時が止まっている中でユウジはゆっくりと愛する2人の方へ顔を向けた。不安そうな顔で叫ぶアヤカ。そして泣き叫んでいるキンタロウの姿がユウジの瞳に映る。
「はっは。なんて顔してるんだよ……」そんな言葉の後、清々しい顔で「……愛してる」と、止まった時の中で愛する2人に伝えた。
時が止まっていなければケルベロスの尻尾のヘビに噛み殺されていて言えなかった言葉だ。時を止めて言葉が言えたとしてもその言葉はアヤカとキンタロウには届かない。それでもユウジは愛を告げれて満足している。
「時間が動き出したら俺は確実に死んでる……。だからさっきよりも強い雷の魔法を与えてやるよ。ヘビの頭の先から犬コロの頭の先まで焦げやがれ。クソがァ」
ヘビの首を握りしめている左手に大量の電気が流れ始めた。
「命をかけて
最大威力以上の雷の魔法をユウジは命懸けで放った。自分の命と引き換えにケルベロスを倒す気だ。
止まった時の中、ケルベロスは万雷を受けて丸焦げになっていく。
「うぉおおおおおおお」
最後の最後。全てを振り絞り左手から大量の雷を放ち続ける。この雷が止まる時がユウジの死だ。それまでは時を止め続け雷を放ち続ける。命が尽きるまでは。
(アヤカ……キンタロウ。大好きだ。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛、して、る。あい……して、る……)
ユウジは心の中で最愛の人へ愛を叫び続けた。その命が尽きるまで愛を叫び続けた。その後、左手から放たれる雷が徐々に弱まり消えていった。雷が消えたのと同時に止まっていた時が動き出す。
動き出した時。丸焦げになったケルベロスは、倒れる己の体を止めることができず真っ白な床に丸焦げの体を叩きつけ倒れた。
ユウジは背中から貫通しているヘビの首を握りしめながら息を引き取った。
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