069:ジェンガバトル

 ジェンガとは54本の長方形のパーツを縦横3本ずつ組み上げて作った18段のタワーからパーツを交互に抜き取り最上段に積み重ねるパーティーゲームだ。

 タワーを崩さないように注意しながら片手でパーツを抜いていく。タワーを崩してしまったプレイヤーが敗北となるのだ。


「先行後攻どっちだ?」とユウジが聞く。

「ならここはワシからいこう」

 ゴロウは小さな手を巧みに操りながらパーツを抜き取った。老兎とは思えないほど洗練された動きで最上段にパーツを積み重ねた。

 一切のブレもなく、まるで機械が置いたかのようだ。


 そもそもこのジェンガを組み上げたのもゴロウだ。数ミリのズレも許さない機械が計算して組み立てたかのような正確なジェンガのタワーだ。

 完成されたジェンガそして1ターン目の動きを見てもゴロウには相当な実力がある。


「すげーなウサ爺さん」

「ユーくんファイトだよー」

「じゃあ今後のことも考えて……ここから抜こうかなっと」

 アヤカの応援に背中を押され後攻のユウジもタワーを崩さないようにゆっくりと丁寧にパーツを抜き取る。最上階にパーツを積み重ねる際も気を抜かずに丁寧に積み重ねた。


 丁寧に積み重ねたユウジに意外性を感じるゴロウ。


「お主も意外と綺麗に置くのぉ。意外じゃ」

「こう見えても俺はA型で結構神経質だからな」

 ユウジは自分の神経質さを自らが着ている黒色のスウェットを見せながら言った。

 ユウジが着ている黒色のスウェットにはゴミやホコリなどが一切ついていなかった。一般的に日常生活を行なっていれば毛玉の1つや2つは自然と付くものだ。それが1つもないほどユウジは神経質なのだ。


「その代わりアヤカはマイペースっていうか大雑把っていうか天然っていうか……」

「も~う。今はジェンガに集中してー! 私はやるときに全部やる正確なのー」

「はいはーい。わかってるよー」

 顔を赤くし頬を膨らましているアヤカは恥ずかしそうにしながらいじけている。自分が大雑把だという自覚はあるのだろう。


 そんな様子を微笑みながらゴロウは見ていた。


「フォフォフォ。仲睦まじくて良いのぉ」


 これで両者の1ターン目が終了した。さすがに1ターン目から白熱したバトルにはならないが相手の指の動きや抜き方置き方一つ一つの動作で得られる情報は無数にあるのだ。

 両者はこの1ターンで気付いている。相当な手練れだと。 


 そしてお互いが交互にパーツを抜き積み重ねていく事30分が経過した。ジェンガはグラグラの状態。いつバランスを崩しタワーが崩れてもおかしくない。1つ1つの動きが命取りになるのだ。


 現在はゴロウのターンだがゴロウの小さな手は止まっている。幸い大草原の中心にウッドテーブルを置きジェンガ対決を行なっているが吹き付ける風や虫などの妨害は一切ない。

 なのでタワーが崩れる心配なくゆっくりと思考を巡らせることができるのだ。


(ユウジと言ったかのぉ。丁寧な動きとセンスそしてバランス感覚だけでここまでターンを重ねてきたと思っておったわ。それに自分の取りやすいところをただ考えなしに取っているようにも思っておったが違った。ワシが取り辛くなるところばかり残してくるではないか。驚いたぞ。ここにきて何手か先を読んでおるとしか思えない動きになってきたではないか。攻めているのに守りもしっかりしておる。こんなにもグラグラの状態まで積み上がるジェンガはワシ初めて見たのぉ。良い経験ができた。じゃが次でバランスを崩し倒れるじゃろ)


 ユウジを称賛し感心しているゴロウは同時に勝ちも確信した。ジェンガにもいつかは終わりが来る。永遠とゲームは続かずいつかは崩れ落ちるのだ。そのいつかというのは長年の経験上、次なのではないかとゴロウは推測した。


(もちろん、ワシのターンの次じゃがな)


 ゴロウはグラグラになっているパーツを慎重にかつ丁寧に指の震えを殺し静寂に時を動かしながら抜き取る。それはまるで針に糸を通すかのような感覚だ。

 抜き取ったパーツは最上階に重ねなくてはならない。重ねる際にタワーが崩れてもアウトだ。抜き取った時の集中力を維持しそのまま積み重ねていく。

 一切の指の震えもなく。1ターン目に見せた機械のような正確な動きでゴロウはターンを終えた。


「フォッォフォ。久しぶりに集中したわ」

「す、すげー。これさすがに俺無理じゃね? どこ抜いても崩れそうなんだけど……これ積んだか」

 グラグラで今にも崩れそうなジェンガを細かく見ているユウジ。おなじくゴロウも邪魔をしないようにジェンガを細かく見ているが抜けそうなパーツは見当たらない。


「ユーくん」

 アヤカも心配そうに見つめている。ユウジが不安な時はアヤカが支えなければならない。それが金宮夫婦が今日まで一緒にいられた理由だ。しかしこの状況は2人とも不安そうな表情をしている。

 不安そうな顔で不安そうな相手を見てしまうとより一層不安は心を蝕み増幅していくのだ。


「これは流石に無理かもな……」

 ユウジ本人も諦めかけた時だった。


「だーだー、あー」

 赤子のキンタロウが右手をユウジの方へ伸ばしている。目線もしっかりとユウジを見て笑っている。

 ユウジとアヤカはお互いに支え合ってきた。その2人が落ち込んでしまったら一体誰が支えてくれるのだろうか。親戚、友達、兄弟、両親。否、息子だ。

 赤子ながらもキンタロウは不安がる2人のことに笑顔を見せたのだ。その息子の笑顔を見て不安に蝕まれていた心が一気に吹き飛ぶ。


「あー、だーあーうきゃきゃ」

「そうだよな。俺たちがこんな顔してたら誰がお前を守るってんだよな」

 ジェンガから離れキンタロウの元に向かうユウジ。そしてキンタロウのマシュマロのように柔らかいほっぺたを人差し指で触りながら「ありがとう。パパ頑張るぞ」と言った。

 ユウジはジェンガ対決に戻るため人差し指を引いたがその指をキンタロウが握った。ユウジの人差し指を小さな小さな右手で精一杯握っている。指の力は赤ちゃんながらも強い。


「キンタロウ……そ、そうか、そうだよな」

 指を握られたユウジは何かを閃いたかのように目を見開いて口元をニヤけさせた。


「ど、どうしたのユーくん」

 そのニヤけ顔は愛息子が可愛くてニヤけたものではないとすぐにわかったアヤカは不思議そうに小首を傾げる。


「いーや、まさかキンタロウが勝利の女神様だったとはな。この状況でそれは、流石に、アハ、アッハッハハハ」

 突然笑い出したユウジは握りしめているキンタロウの手を上下に振ってあやした。その後、キンタロウの手はユウジの人差し指から離れた。

 ユウジは握られた人差し指を見て笑っていた表情から真剣な表情に切り替えた。そのユウジの切り替わった表情にその場の空気が変わる。


「なんじゃ、一体……」

 空気の変化に気付いたのはゴロウだけだ。ユウジ本人も気が付いていない。


 ユウジは人差し指でもう一度キンタロウの頬を触り、グラグラのジェンガが置かれたウッドテーブルの前に戻った。


「お待たせウサ爺さん。ちょっと息子と作戦会議してたんでな」

「それでどうじゃったんじゃ?」

「それがよー。息子はここが取れるんじゃないかって言ってるんだ」


 ユウジはグラグラなタワーの中で一番取りにくいところにあるパーツを指さす。

 そのパーツは、指が届いたとしても引っこ抜く際に指の関節が曲がり他のパーツに当たってしまうほど奥に入り込んでしまっている。

 箸のように細いものでなければ不可能なパーツだ。ユウジの指はそこまで細くない。しかしユウジは宣言通りにそのパーツに指を近付けた。


「なっ!?」

 ゴロウは驚き声を上げた。


「成功するといいんだがな……」

 ユウジの構えはデコピンだ。デコピンの構えでジェンガのパーツに標準を定めた。

 キンタロウに指を握られたことをヒントにデコピンで抜くといくことを閃いたのだ。

 デコピンには4つの構えがある。親指で人差し指、中指、薬指、小指のどれかを弾く4パターンだ。

 親指は力を入れている他の指を抑え発射台の役割を果たしている。

 他のパーツに当てないようにデコピンが成功すればタワーを倒さずに成功できるかもしれない。しかしユウジは一番細い小指ではなく人差し指を選んでいた。

 人差し指を選んだ理由は単純だ。キンタロウが握った人差し指だからだ。


 力を入れて手が震えている。少しでも震えを抑えようと左手で右腕を掴みさらに標準を定めようとする。片目を閉じ集中し震えるタイミングとジェンガのパーツの中心が重なる一瞬を待つ。


 失敗すれば一瞬にして崩れる大技。成功してもデコピンで弾くスピードやパワーが足りなければ崩れてしまうだろう。


「いくぜ。これが親子の力だ」


 ユウジの人差し指に力が入った。そして親指の発射台から人差し指が弾かれる。

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