#9 『支配』の魔女①


 西の大陸、王都。

 中央に大きな王城、そしてその周りには城下町。

 国の周囲は壁に囲まれていて、入国には門番の検閲を通過する必要のある、この大陸で最も大きな国だ。

 

 しかし、勇者であるアルバスはその検閲も顔パスで通ることが出来る。

 特に大したやり取りも無く、片手を上げてそれを軽く挨拶代わりとし、悠々と門を潜った。

 

 その際に門番が少し顔を顰めた様に見えたのは、おそらく気のせいでは無いだろう。

 数年間大した活躍もしていない勇者、死神のアルだ。

 それがこうもVIP待遇、我が物顔で入国するというのは、あまり気のいいものでは無かったのかもしれない。

 

 しかし、共に歩くエルはそんな事どこ吹く風、お構いなしだ。まるで自分が主人公だと言わんばかりに、堂々としていた。


 今日の目的。

 アルバスとエルの二人は物資の補充、装備の新調の為にここへ訪れた。

 アルバスにとっては二度目の来訪だ。一度目は勇者として選ばれ、王に謁見した際の事。


「はぁ……」


 アルバスはため息を漏らす。

 それもそうだろう。

 ここ王都はアルバスにとって若かりし頃の記憶が残る、謂わば黒歴史の様な記憶のフラッシュバックする場所だ。

 

 今の擦れてやさぐれてしまった自分とは乖離した、希望を胸に旅に出た頃の、過去の自分。

 アルバスは思い出すだけで全身を掻き毟りたくなる様な衝動に駆られる。


「来て早々辛気臭いわね」


「ほっとけ。さっさと必要な物揃えて、こんな所発つぞ」


「あら、わたしは王都に来たのは初めてよ。少し長居しても良いのだけれど」


「却下だ、却下。だらだら観光でもしてたら置いてくぞ」


「それはごめんだわ、寂しい事言わないでよ」


 二人はいつもの軽口を叩き合いつつも、王都の大通りを歩いている。

 そういえば、とアルバスは周囲をざっと見回す。

 

 人通りの多いこの場所に来ると、エルの特異性がはっきりと分かる。

 髪色が違うのだ。

 周囲の民は皆金や銀の明るい色をしているのに対して、エルの髪色は夜空の様に美しく濁りない黒一色。

 

 すれ違う人々の中にはちらりと振り向いて気にする素振りをする者も居る。

 東の大陸にはこういった髪色の者や亜人族も多いと聞く。

 髪色や特徴的な耳の形から察するに、もしかするとエルはそちらの出身なのかもしれない。


「それで、魔女ってのは何が必要なんだ?」


「そうね、戦う分には殆ど今の魔法で何とかなるけれど……。魔石と、魔導書、あとは個人的な日用品かしら」


「なんだ、魔石ってのは宝石店にでも行けばいいのか?そんな高価な物買う金は無いぞ」


「それはアルがすぐにお酒に使っちゃうからでしょう?」


「知らんな。鼠が金を食っちまうんだ」


「はいはい。でも心配はいらないわ、そういった自分を飾る類の石じゃないの。どこかに魔法使いの利用する専門店が有ると思うのだけれど……」


 白を切るアルバス。しかしエルも特段それに取り合う気も無い。

 そもそも、エルは普段の服装からしてあまりアクセサリー類を身に着けてはいない。

 最も、飾らずともその容姿はまるでこの世の物とは思えない程に美しいだろう。


「言っても俺もここへ来るのは二度目だからな、興味の無い店の場所までは分からん。まあそこら辺の人に聞いてみれば店の場所くらい分かるだろう」


「それもそうね。じゃあアルの装備から先に見に行きましょうか」


 エルがそう言って先導しようとすると、それをアルが引き留めた。


「おいおい、王都は広いんだぞ。そんなんじゃ日が暮れちまう。それぞれで済ませちまおうぜ」


 現在時刻は昼過ぎ。

 魔石の類を取り扱う様な専門店を探した上で、全く違う二人分の買い物をしていては、一日では終わらない可能性が高いだろう。

 仲良しこよしの冒険者パーティならここで一緒にショッピングと洒落込んで数日王都を観光していそうなものだが、出会ったばかりだからか、それともお互いの元来の性格からか、現勇者ご一行は意外とドライ、効率重視だ。

 エルも二つ返事で「ああ、それもそうね」と納得し、アルバスの案に乗る。


「まあ、俺の装備なんて最悪何でもいいだろうし、一人じゃ心細いって言うなら付いて行ってやらんでもないが」


「別に心細くなんて無いわよ。それに、アルだって何でもよくは無いでしょう?」


「いやいや、俺は死神のアルだぜ?裸に木の棒一本でも、まあ勝てはしないだろうが、死にもしないだろうよ」


 そう言っておどけて見せるアルバス。

 またいつもの心にもない軽口だろう。

 しかし、エルにはそれが引っ掛かったのか、この時は珍しく突っかかって来た。


「――あのね、アル。女神は努力した者にしか微笑まないわ。アルが普段きちんと身体を鍛えて、自分に合った装備を整えて、戦って、必死で足掻いて、だからあなたは今生きているのよ」


 エルは真っ直ぐとアルバスの目を見て、それはまるで母親が子に諭すようで。

 普段の一緒に軽口を言い合う高飛車な魔女といったイメージとは違った印象を受け、アルバスは少し反応に困り、


「お、おう。なんかすまんな。――まあ、あれだ。肝に銘じておくよ」


 と、どこか所在無さげに、視線を逸らした。

 アルバスは死神とは言っても、それは所謂勝利の女神の話とはまた違う。

 人違いならぬ神違いなのではないか、と思ったが、それを口に出すとまたエルの不評を買いそうなので、ここは大人しく口を噤む事にした。



 そして、しばらく買い物なんかを済ませていると、露店の店員から情報を聞き出すことが出来た。


「そこの角を曲がった路地の先に魔道具屋ってのが有ったかもってよ」


 アルバスが指差したのは薄暗い裏路地の奥の方。

 普通の女性が一人で通るには些か不安の有る、人通りの少ない場所。

 

 明らかに普通の店を構えるには立地の悪い客足の入りにくそうな場所だ。

 しかし、そもそも客となる魔法使いや魔女の数自体多くは無いだろうから、土地代を加味して適した立地と言えるのかもしれない。


「そう。じゃあわたしはそっちに行ってみるわ」


 アルバスはまた「一人で怖くないか?」と性懲りもなく軽口を叩くが、今度は「馬鹿言わないで」といつもの調子でエルの返しが返って来て、少し表情が綻んだ。


「了解。じゃあお互い用事済んだらそこで落ち合うか」


 アルバスが“そこ”と指したのは件の裏路地の入口だ。

 壁には文字とも絵ともとれないおかしな落書きが有り、他の路地と間違う事も無いだろう。


「じゃあ、また後でね」


 とエルは控えめに軽く手を振ってから、背を向けて路地裏の方へと。そしてアルバスも「おう」と一言返してから、自分の用事を済ませに街の方へ向かった。

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