第7話 爺、ダンジョンに立つ 3

「所長、大変です」


 休憩時間、自動販売機近くソファーでコーヒーを飲んでいる人物に。そんな男の元に白衣を着た者が駆け寄り話し掛ける。


「どうしたのかね?」


「研究対象、K59のGPS反応が消えました」


「どどど、どういう事かね、かね」


「落ち着いてください」


 手に持った紙コップが小刻みに揺れている。


「対象に持たせたは特殊なはず、そう簡単には壊れない設計ではなかったかな?なかったかな?」


 所長、落ち着け。


「GPS反応が消えただけで、まだ死んだと決まったわけではありません」


 冷静に答える白衣の人物。


「消え、反応が消えた場所は」


「それが、ダンジョン支部でして…」


「まさか…、まさか、まさか、まさかぁぁああ」


「恐らくダンジョン内に入ったのではないかと」


 手に持った紙コップを足元に落とし、白衣の人物の襟元につかみかかる。


「だっダンジョンだと!!」


「反応が消えた理由にも一致しますね」


「あのくそじじじじじいいいい、勝手な事しやがって!すぐに探し出せ」


「すでに依頼済みです」


「さあ、流石だね君ぃ~」


 すこし平静を取り戻した所長に、あくまでも冷静に対応する白衣の人物。


「恐縮です。ですが所長、私は少し興味があります」


「対象がダンジョンに入った事かね?」


「そうです、彼はです。そんな人物がダンジョンでLVを上げたのならば、一体どんなことが起きるのか。興味が尽きません」


「ふんっ!が生まれないと良いがね!」


 次の対応を話し合い、所長は立ち去って行く。支持を受けながら、所長の言葉の意味を考えていた。


 所長の言葉にも一理ある、と考える白衣の人物。

 

「ですが私は彼に期待してしまいます」


 そう言い、妖しく口元を歪める。








●〇●〇●〇●〇●







「はぁ~長々とした説明は疲れるわい」


 ダンジョンへと足を踏み入れた爺は、手元のカードを見つめながらそう呟く。


「さっき、パキッってなった気がしたが…まあ気にせんでおこう」


 爺は知らなかった。このカードにGPSが付いていた事を、そして力加減を誤り、湯飲みと同じように破壊した事を。


「ま、ダメなら再発行すればいいかの、保険証と身分証明以外使い道もないからの」


 初めてのダンジョン、だというのに感動があまりない。


「しっかしここのダンジョンは味気ないのぉ」


 爺が入ったダンジョン。

 

 切り立った岩、所々見える草木、何と言うべきか、全体的に灰色の世界であった。


「もっとこう、なんか、ファンタジーを期待させんか!ワシの期待を返せ」


 一通り、バールを持ちブツブツを文句を言う爺。そんな爺の横を、たまたま帰還して来たPTパーティーが目撃していた。その視線は危険人物を見るものである。


 彼らの視線に気が付いた爺は、特に帰する事もなく声を掛けた。


「あ、ちょっと聞きたい事が在るんだけどいいかな?」


「え、オレ?は、はい何ですか?」


 声を掛けられたPT、アイコンタクトで1人の男を差し出す。気が付けば他のメンバーは数歩離れている。

 人の好さそうな彼は、人身御供として差し出されたのだ。


「あ、ごめんごめん、急に声をかけてしまったね。聞きたいことは一つなんだ、モンスター居る場所教えてくれない?何せ初めてダンジョンに入ったから勝手が解らなくての」


「あ~初ダンジョンですか。ですが説明し辛いですね。進めば勝手に現れる、そうとしか言いようが有りません」


「そうなんですね。解りました有難うございます」


「いえ、それではこれで失礼します」


 そそくさと立ち去る彼らを見送る。怪しい人物ではない事を強調するため、口調を変えていた爺。

 

「元の話し方をロープレする事になるとは」


 爺は歩き出す。







「ねえ?」

「ん?何?」

「あのおじさん大丈夫なのかな、初ダンジョンなんでしょ?」

「へ?」

「レベル無しで1人だとかなり危険だよ」

「あ…」


 とは、ダンジョンを出たPTの会話である。







「ほい!」


 軽い口調でモンスターを殴り飛ばす。


 モンスターは塵となる。


「つまらん!!!」


 爺はすでに飽きていた。


「どいつもこいつも手ごたえが無さ過ぎる!」


 持ってきたはずのバールはすでに手元に無い。初めての戦闘時、気合を込めて構えた際ひしゃげてしまった。

 

 爺は無言で捨てた。さようならバール。


 ここまでに出会ったモンスター達、瞬殺であったため記憶に無い。


「つまらんの、いっそこのままクリアを目指すかの」


 そして別の問題にも気が付いていた。


「張り合いがないのはモンスターだけでは無いのぉ、LVが上がらん!」


 そう、爺はLVが上がらなかったのだ。


「モチベーションがダダ下がりじゃわい!」


 新たなモンスターを探しながら進んでいく爺。


「ふっふっふ。この怒りボスにぶつけるのを悪く無かろう」


 不敵に笑う爺、その顔は悪人顔である。


「さてと、どこにいるのにゃーw殺してあげるのにゃーw(80代)」


 かつての仲間の口調を真似、進む爺。周りに誰も居なくて良かった。








「おい!アレなんだ!?」

「本当だ、何だアレ」

「あんな現象このダンジョンで見たこと無いぞ」

「新手のモンスターか?」

「自然現象、はダンジョン内では不自然か」

「すげー速さで広がって行くな」

「距離的にはこっちに向かってないし、かなり離れているようだ」

「う~ん、アレって何でしょうか、砂煙が上がっている様にしか見えませんね」

「何も無ければいいんだが」








 爺が走っているだけである。







「そこの人型、話はできるかの?」


 逃げ道を塞がれ、ガクブルで爺と対峙する人型モンスター。


「ゴブ」


「話せぬか」


「ゴブゴブ」


「残念じゃ」


 モンスターの目の前から消えた爺。再び爺の姿が確認出来た時にはモンスターは塵となっていた。


「う~む、ボスってどこに居るんじゃろ…」


 爺は行き当たりばったりであった。


 そして再び走り出す。


 爺が走る事で巻き上がる砂塵は、多くのPTに見られる事となる。ダンジョン内で新たに起こった現象、数時間後にダンジョン機構へとして報告されていた。







「やれやれ、今何時じゃろうか」


 探索する事数時間、丁度良い高さの岩に腰かけ、爺はコンビニおにぎりを食べていた。


「しかしダンジョンとは不思議な世界じゃのぉ」


 月が輝く夜空を見上げ、爺はそう呟いていた。


「こんな未知の空間で、昼と夜るがあるとはの」


 そう、ダンジョン内でも昼夜があった。それは現実世界とリンクしてるらしく、現在は夜を迎えていた。


「さてと」


 おにぎりを食べ終わった爺が立ち上がり歩きだす。


「待たせたのぉ…で、聞きたいんじゃが、お主は話が出来るかの?」


「ガメ!」


「お主も話せぬか」


「ガメガメ!」


 身長は2m程、亀と人の特徴を併せ持つ人型モンスター、強大な剣を持ち威圧して来る姿はまさに異形である。

 冒険者たちが初めて対峙するボスの一体。


「カメ●クスかの?見ためはV3ブ●スリーに登場した亀バズーカなんじゃが」


 ネタが古すぎて、今の若者には通じない。


 初めて対峙する冒険者であれば、その威圧で押し潰されそうな相手なのだが…。


「話が出来ない。であれば様は無い、ランク2ダンジョンへ入るため」


 話し掛けながら、ゆっくりボスへと歩く爺。


「塵となれ」


「がああああああああぁぁぁぁ…」


 大剣を振り上げたままの姿勢で、ボスは塵となる。





「これで次のランクへすすめるのかのぉ」


 爺は、振り返り遥か後方に見る光の柱を見つめる。


「あそこまで戻るんか、やれやれじゃのぉ」


 光の柱の根本、そこにダンジョンゲートがある。

 広大に広がるダンジョン内で、どうやって出入口を判別するのか不思議におもっていたのだが、分かり易く出来ているようだ。


「それにしても」


 爺は呟き、叫ぶ。


「これでもLVが上がらんのかい!」


 そう、爺のLVは上がらなかった。


「ゲーマーとして、公式に苦情メールを発信するには十分な理由じゃな!」


『その苦情は受け付けてないだら』


「…ん?」


『さっさとこっちに来いと言ってるら』


「………んん?」


 どこからともなく聞こえて来る声。


『爺、耄碌したんか?』


「誰が耄碌じゃ!」


『ならさっさとこっちに来たらいいら、この僕様が説明してやるら』


「この取ってつけたような静岡弁、なんか既視感が…」


『何をいまさら言ってるだら、である僕様を忘れるとは、やはり耄碌しただら』


 もし、もし本当に奴ならば。


 もし、本当にこの世界に実在しているのであれば。




 爺はそう考えると居ても立っても居られない。











「全プレイヤーを代表してワシが貴様を殴る!」


 案内人は嫌われていた…。

 






 






 


 


 

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