人類?孫の為なら戦うが!

しだゆき

第1話 始まり

「何だこの状況は…」


 男は小学校の校門に佇み、外の状況を確認し唖然とした。

 

「爺ちゃん…」


 男の不安が伝わったのか、3人いる孫娘の三女、妃奈ひなの手にも自然と力が入る。これではダメだと、不安を吹き飛ばすよう男は優しく微笑む。


「大丈夫、大丈夫だよ。きっと何とかなるから」


「うん」


 元気づけるようそう答える男だが、心中穏やかでは無かった。再び校門から街の様子を伺う。

 街の至る所から黒い煙が立ち上っており、今もどこからか衝撃音や爆発音が響いてくるのだ。


「これが、これが今の日本か…。いや、世界の現状か」


 小学校で行われた午後からの授業参観、その後父兄同伴の集団下校訓練予定されていた。

 息子に頼まれ偶々参加したのは不幸中の幸いと言うべきなのだろう。この小学校は地域の避難場所にしてされており、が張られている。そう易々と突破されることは無い。


「あ、お母さんだ!」


 そう叫び指さす少女は妃奈の同級生。母親らしき女性が、幼い妹を抱え他の住人と共にこちらに向かい走って来る。

 幼い子を連れて授業参観には出れないとの事で、残念ながら不参加であった。

 授業開始からまもなく緊急避難警報が鳴ると、少女の携帯電話に連絡が有りこちらに向かうとの事。母親と妹が心配だから校門まで迎えに行くと言う少女、そんな少女が心配で妃奈と共に校門で待機していたのだ。 


「お母さん!早く!」


 何人かの人々共にこちらへ向かってくる。だが…。


「あっ!?」


 妃奈が思わず叫んだ。集団の後ろからが現れたからだ。


「何だ…あれは…」


 距離にしてみればまだ150m程先、それでもその異様な雰囲気に息を呑む。初めて見る異形の者に男は思わず呻く。


「あれがモンスターなんだよ、私は配信で見たことが有るけど実物は初めて見るよ」


「恐ろしいな…」


「うん、怖いね…でも冒険者さんがきっと何とかしてくれる。結界内に居れば安心、のはず」




 曲がり角から現れた異形の存在、モンスター。




 男が目にしたモンスター、肌の色は茶色に近い緑。胴の部分に皮鎧のような防具を装備し、手には太い棍棒が握られてる。

 人型ではあるがその狂暴な顔には牙があり、頭皮に髪は見られない。人とは違う存在にでありながら人に近い形をした存在。そんなモンスターに男は嫌悪感を覚える。

 妃奈もこのんな事態は初めてなのか、口にした言葉に不安が隠せない。


「やらせない!」


 そんなモンスターの前に横合いから切り掛かる者が居た。そう、冒険者と呼ばれる存在。彼は勇敢にも1人立ち向かっている。


 だが…。





「…なんだか非常にまずい様子に見えるんだが」


 集団を守るように立つ向かう冒険者だが、如何せん相手どるモンスターと動きが違い過ぎる。

 立ち向かう冒険者の身長よりやや小さい存在だが、動きは素早く、その両手で巨大な棍棒を持ち振り回している。

 なんとかギリギリで回避してはいるが、どう見ても回避で手いっぱいの様子。住民の避難を優先し自分が囮になっているが、モンスターを倒せる雰囲気ではない。


「左だ!避けろ!!」


 男は思わず大声で叫んだ。


 冒険者のやや後ろ左から新たにモンスターが現れたのだ。助走をつけ、振りかぶった武器を、冒険者へ目掛け振り下ろすべく襲い掛かろうとしていた。


「はあっ!!」


 そんな冒険者をカバーするように新たな存在が現れた。


麗奈れな姉ちゃん!」


 手にもったロングソードで素早くモンスターに切り掛かる。

 隣に居る妃奈が叫んでいた、新たに現れたのは男の孫の1人であり、高校生になる孫娘、長女の麗奈であった。


「この距離でよく麗奈だと分かったな」


「うん、私目は良いの」


「…歳は取りたくないな」


「老眼は近視で遠視じゃないよ?」


「……」


 賢い三女である。


 



「こちらは私が引き受けます!」


「わかった!こっちも手いっぱいだ、すまんがそっちは任せる!」


 2人は素早く会話を交わすと、それぞれがモンスターと対峙する。

 激しくぶつかり合うでは無く、じりじりと間合いをとり様子を見ながら対峙している。


「今回氾濫が起こったダンジョンはランク3ダンジョン、LV21から30の6人パーティーが探索するダンジョンだ。君はLVいくつだ!ちなみに俺はLV21だ」


 モンスターから目を離すことなく、冒険者が麗奈へと解っている情報を大声で伝えて来る。威嚇も兼ねているのか、かなりの大声だ。そんな冒険者を警戒したのかモンスター達も慎重だ。

 様子を伺いながらも現状の戦力確認をする冒険者。


「私はLV14です!このモンスターも配信で見た事はありますが、戦った事はありません」


「そうか、絶対無理はするな!危険だと判断したら迷わず非難エリアへ逃げ込め!」


 聞こえて来る台詞から状況は良くない事が伺える。

 当然だ、言葉通りであれば本来はパーティーで挑むような相手、冒険者が適正LVであったとしても単独では敵わない。LV21でなんとか、ましてやLV14では…。


「絶対正面から当たるな、回避に専念するんだ。住民の避難が終わり次第、俺も非難エリアへ逃げ込む」


「はい!」




「って、言ってるみたい」


「妃奈は耳もいいんだな」


 距離が有り、上手く聞き取れない男に対し妃奈が説明していた。


 妃奈の解説を聞く限りそれが最善であろう。不安そうに正面の戦いを見つめる中、横から喜びの声が聞こえて来る。


「お母さん!良かった」


 ようやく小学校の校門を越えた人々の中から、母と妹へと近づき泣きながら抱き着く少女。無事合流出来たのは幸いだ。


「とにかく体育館へ、そこに避難者が集まっています」


 合流出来た親子へ、男はそう告げる。少女に手を引かれ母親は一度お辞儀をするとその場を離れて行った。


 だがこれで一安心とは行かない、次から次へと住人は避難して来るのだ。そんな住人達の盾となり、未だモンスターと対峙する2人。相手は格上、厳しい状況は変わっていない。


 男は嘆く。


「80超えた爺に何が出来るっていうんだ…」


 目の前で繰り広げられる戦いを見つめる男。至る所で戦いが行われているのか、携帯端末を見ても現状を確認する事が出来ない。もしかすると新たなモンスターが現れるかもしれない、この場に応援が来るのか、それすら解らないのだ。


 回復薬を飲み、必死に立ち回り、避難民を守るため踏ん張る麗奈を見つめる。


 そして男は決意する。


「戦う力が無くても孫の盾にはなれる、か」


 その目に決意を込め、正面の麗奈を見つめる。


「爺ちゃん?」


 雰囲気の変わった男を不思議そうに見つめる妃奈。


「なに、80も生きれば十分だろう。孫の顔も見れた」


 優しく妃奈を見つめ、その手で頭を撫でる。

 麗奈へと視線を向け、気合いを入れる。


「やってやろうじゃねぇの!」


 男たるものやる時はやらねばならぬ。


 モンスターと対峙すべく、昭和生まれの男は正面を向く。








『冒険へと旅立つ意志を確認しました、これよりオンラインへ移行します』








「はあ!?」


 目の前に突然表示された文字。男は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。


『IDとパスワードを入力して下さい』


 そんな文字表示が消えると、今度は入力画面が目の前に突然現れた。

 非現実的な出来事の連続であったため、自分の頭がおかしくなったのではないか。そんな考えが頭に過ぎるが、切り替わった表示を冷静に見つめる。





 知っている画面だった。




 

 ほぼ、。気がつけば、男はいつものポジションへと両手持ち上げ指を動かしている。


「突然爺ちゃんが、怪しい動きをしだした」


 何も無い空間で指を動かす祖父を見て訝しむ妃奈。


『IDとパスワードを確認、オンラインへの切り替え完了しました。続いてアップデートを開始します』


「いや今ので合ってるんかい!」


 思わず突っ込んでしまう男。その視線の先ではアップデート状況と所要時間が表示されている。

 表示を信用するならば、およそ4分で更新が完了するようだ。


「って、一体何を更新するんだ?」


 思わず口にし、麗奈の状況を確認する。なんとか回避は出来ているが格上相手、命懸けだ。精神的にも体力的にもそろそろ厳しいだろう。

 

 たった数分が長く感じられる。


 アップデートがなんなのか解らない、それなら完了を待たずに飛び込むべきか迷う。

 そんな男の心を読んだかのように、画面にデカデカと文字が表れる。


 ※ アップデート後の注意事項!!※


【1.とっても力が強くなるから、普段通り触れると壊れちゃうぞ♡】


「………」


 男の顔から表情が消える。


 そのまま、次を待つが一向に表示されない。


「一個だけなんかい!次が有るかのように1とか付けたのは何でじゃい!」


 突然自分に起こった異常事態、にも関わらず思わず突っ込みを入れてしまう程には動揺していた。


「爺ちゃんが本格的におかしい」


 そんな祖父を孫は悲しく見つめる。





 これ以上は待てない、戦いを見つめていた男は麗奈と対峙するモンスターへと走り出していた。


(勢いを付けて体当たりすれば)


 100mそこそこがとてつもなく長く感じられる。


(昔はもっと足が速かったよな)


 残り数十メートル、息が切れ立ち止まりそう。


(くそが!全く駄目じゃねーか!)


 孫を守るどころか、このままだと足手まといになりかねない。そんな自分が腹ただしかった。


 残り数メートル。


(麗奈の後ろから相手の腰へタックルをかます!)


 決意した男は気合を込める。


「俺の孫に!!『アップデートが完了しました。【始まりの幻想世界への帰還、歓迎いたします。お帰りなさい。素晴らしき、良き冒険者ライフを】』はわあ!?」


 踏み込んだ男の身体はモンスターを突き抜け、上空へ……。そして気が付く。









デン♪デン♪ テケテン♪  デン♪デン♪ テケテン♪ デン♪デン♪ テケテン♪  デン♪デン♪ テケテン♪ パーーーーパラパーーー♪パラパーーパーーパーーーパーーーーー♪







「いや、戦闘用BGMが聞こえるんだが?聞きなれたBGMが聞こえるんだが!?」


 モンスターをチリへと変え、上空高く舞い上がる男。そんな男は……。


「あぁ~、こんな状況見たことあるぅ~少女向けアニメで見たわ~ニチアサで見た事あるわ~」


 遥か上空から眼下に街並みを眺め、そんな感想しか出てこなかったのである。

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