寝首を掻かれたくない魔王(♂)と添い寝したい勇者(♂)が嘘パーティーを組む話

まるめぐ

第1話 手違い魔王は帰りたい

 ハイ、結論からまず言おう。


 俺――連城れんじょうヒタキは異世界に転移した。


 転生とは違って死んではいない。


 学校帰り、居眠りトラックに撥ねられそうだった強面スキンヘッドの男を突き飛ばして助けた直後に足元に魔法陣が現れて、そのまま……とまあそんな感じだった。

 幸いトラックとはぶつからなかったから生きたままだったのは、俺自身が証人だ。


 異世界への転移中、意識を失っていた中で何だか色々な知識を見せられた。それは魔法と呼ばれる非現実的な現象の法則や術式行使の方法や、魔物や魔王に関する基礎的な知識、その世界の構成などの様々なお役立ち情報をだ。

 まるで異世界ファンタジーゲームの説明書を強制的に読まされている気分だった。


 とにかくそんな感覚の後、バチリと目を覚ました。


 そこには見た事のない姿形の生物と、人によく似た――だが尻尾や翼や角が生えているから人ではない種族の生き物達が集っていた。

 見た目そのままに表現すれば、竜族、魔蛇族、魔トカゲ族、魔虎族、ゴブリン族、スケルトン族なんてのまでいる。他にもいて多岐にわたる。

 皆鎧を着ていて武器を携帯しているし強そうだ。と言うか絶対に強いだろうって面子ばかり。

 しかも俺が見ている彼らは各種族の代表者ってか頭だとわかる。後ろにそいつらよりも体躯の小さな奴等が複数控えるように大人しくしている。


 この世界の魔物の常識としては、強い奴ほど体もでかい。


 この知識も睡眠学習の賜だ。


「おおっ、何と赤子ではなく成長なされたお姿で顕現なさるとは、さぞや魂の汚れ腐った性根の、優秀な魔王様が召喚されたのでしょう!」


 赤子? 魔王? いやその前に魂の汚れ腐ったとか酷え暴言吐かれたよな。


「転生したお姿が既に大人の体だとは、邪悪さレベルがとても高いのでしょう。この先我々魔王軍は安泰ですな!」


 転生? 魔王軍?

 興奮した魔物達が喋ったが、まあ俺は睡眠学習の知識から早速と異世界召喚されたのを理解したってわけだった。

 はあ、マジか……。見知らぬ世界に召喚だなんて普通は心底驚くべき事象だが、睡眠学習知識が根差してしまった後だったからか、右も左もわからないってわけじゃなかったおかげで然程驚きは感じなかった。


「お初にお目にかかります魔王様。ご気分は如何ですか?」

「……最悪」

「おおっ、当代魔王様の第一声ですぞ! 召喚した歴代魔王様方にお仕えしてきて幾星霜、初めてオギャー以外を聞きましたな!」

「ええ、ええ、低く、とても御し切れない怒りに満ち満ちた邪悪なお声です!」

「ささ、ゆりかご……は不要ですな。即席の玉座で大変申し訳ございませんが、どうぞ魔王様」


 妖怪の牛鬼みたいな奴、たぶん魔牛族だろうでかい男が仲間から促されてやけに嬉しそうにしてその見事に筋肉質な身を屈めるのが視界の端に映る。

 小さな疑問は抱いたがぶっちゃけそれどころではなかった俺は、頭痛のする頭を振って起き上がると言われるままに即席の玉座とやらに腰かけた。


 ……人間椅子じゃなく、魔牛椅子って言っていい玉座に。


 俺にはSMの気は全くないんだが、ここで突っ込むのは面倒だった。あと硬い。うん。筋肉だもの。

 しかも早々に悟った事がある。


 ――ああ、こいつらが召喚したかったのは俺じゃない。


 俺が助けた強面スキンヘッドの男だ。確か頭と首に外国のギャングみたいなタトゥーがあったっけ。


 こいつらは恐ろしい事に轢き殺された魂を転生召喚させる手筈だったらしい。

 召喚された俺には既に肉体があったからか、足元のすぐ傍では魔法陣の中の肉体を与える術式が発動せず、不完全燃焼っぽく燻っていた。魔物の魔法陣を一瞥だけで読み解けるのも魔王育成の睡眠学習のおかげだ。


 何てこった。


 とんっだ手違いじゃねえかーーーーっ!


 人を殺してまで転生させて魔王に据えるだあ?

 こいつら、何つー恐ろしい画策を……っ。

 ならあの強面はとてつもなくやべえ奴だったのか? 魔王に選ばれるくらいに心までど腐れ真っ黒黒野郎だったのか?

 助けて後悔はないが沸々とした怒りを感じた。


「お前らっ………………もういい下がれ」

「「「「「はっ!」」」」」


 叫ぶよりも何だか萎えた俺は椅子から腰を上げると唸るように命じてぞんざいに手を振った。

 よく家で親にするような反抗的な態度の一環だ。それを歓喜の表情で受け取る魔物達……。何だかなー。

 もしも再び家族と会えるなら、態度を改めようと固く決意した。


 少しすると、ここはどうやら召喚部屋であって魔王の玉座の間とかではないらしく、一度下がった配下の魔物がその旨を伝えに戻ってきた。あー道理で魔牛椅子だったわけか。


 俺としてはもうどこでも同じなので気にしない。

 それでも魔トカゲ族のそいつはつぶらな眼でジッと見つめてきて、物凄く移動してほしそうだったので仕方がなく魔王様のお部屋とやらに移動した。


「何だ、さっきの部屋と変わんねえじゃん」

「いえその、高度が違いますので。ここは魔王様のための至高のお部屋にございます」

「へえ、至高の……ここ、最上階?」

「はい、勿論でございます。我らがいと高きお方にはやはり地位のままに一番上にいらっしゃって頂くのが、我らの至福でもありますゆえ」

「へえ……」


 馬鹿と煙は高い所が好きっても言うよなー。お前らが魔王様は馬鹿かもしれないぞ?

 無感動な俺の声に、ゴロゴロと尽きない雷鳴が分厚い暗雲から轟いている。


 そういや、魔王城周辺の雷光や雷鳴は俺の魔王能力の一つらしく、感情に左右されるものだったか。要らんオプション付けんなや!


 魔トカゲが退室した魔王様のお部屋。俺はふうと疲れた溜め息を吐き出して首をコキコキする。

 とりあえず叫びたい事を部屋の中央で叫ぼうか。

 せえーのっ。


「手違いだって気付けえええええーーーーっっ!!」


 この日一番の雷が魔王城上空を席巻し、辺り一面の大地を黒焦げにした。


 余談だが、強面お兄さんは他人が自分のためにあわや命を失う覚悟で助けてくれたという究極の人間の善意に触れ、更には不可解にも急に姿の見えなくなった俺を「あの少年は実は天使で天からオレへの遣いなのやも」と何故かファンタジーな極論に思い至り、これはきっと神の思し召しだーっとその日から真人間へと改心したらしい。これはだいぶ後で知り得た情報だ。





 と、まあ人違い、完全なる手違いで異世界に召喚され、あまつさえ魔王として崇め奉られた俺だが、突然愛着ある……のかは微妙だが生まれ育ち住み慣れた世界から引き離されて、正直これからどうするべきか悩んだ。


 魔王召喚だけあって何やかんやでこの世界に最適化するに当たり魔力付与された俺は、気分次第で雷を落とせる破格な力を手に入れたわけだが、使い所が全くなかった。


 因みに強い奴ほど体がでかい魔物の常識は召喚魔王たる俺には当てはまらないらしい。


 だって俺は高校三年生の、十七歳の姿のままだ。


 日本じゃギリ未成年でもあるそんな俺に魔物の親玉なんて到底務まるとは思えない。何せ魔王軍って悪逆非道みたいじゃん。それを雷で後押しするのは趣味じゃない。


 俺はこれでも平々凡々な人間として生きてきたんだ。


 いきなりハイ殺戮どうぞーとか据え膳的に言われても、サイコでもないから全く何にも響かない。ぶっちゃけ見たい漫画もアニメもあるので地球に帰りたい。あと受験だし。

 頼むから帰らせてくれ!


 そんな俺はとある可能性に思い至った。


 俺ってば転生じゃなく転移で召喚されちゃったわけじゃん。だったら逆転移して帰ればいいんじゃんってな。


「ハハハなーんだ全然簡単な事じゃねえかよ!」


 珍しく魔王城に雲間からパアアーッと太陽光が差し込んだから、闇を好む魔物達は何事かと酷く焦って騒ぎ立て、俺の部屋に半泣きで陳情に押し寄せてきたから、一瞬呆気とした俺は心底鬱陶しくて「光一つでそのような醜態を晒すとは、お前らの魔王の配下たる威厳や矜持はどこへ行ったあああ! 紫外線が嫌ならサングラスでも日焼け止めでも何でも対策しとけーっ!」って文字通りに雷を落としてやった。

 以来、城の中じゃサングラスに鎧って言うちぐはぐな見た目の魔物達が増えて、よりきびきびと働くようになった。アフロヘアーも増えてた。もう光一つで誰も取り乱さなくなった。

 光よりも怖いもんが城にいるからだろう。





 ――逆転移、或いは逆召喚。


 その発想自体は悪くなかったが、ただ、この世界の仕組みとは相性が悪かった。


「今日も魔王様のその威厳に酔ってしまいます!」


 とか何とか、朝議のために玉座の間に集った臣下のうちマゾッ気のあるとしか思えない歓喜っぷりでひれ伏した一人は、枕詞かってくらいによく聞くようになったそんな前置きの後に逆転移に関する詳しい説明をくれた。


 奇妙にも白衣を着た魔トカゲだった。


 彼によれば、何でも、地球からこっちに召喚する方向なら数年~数十年の下準備だけでスムーズにできるが、こっちから地球への道行きは地球の自転に逆らって飛ぶのと一緒、鮭の遡上にも似た過酷な逆流行為、つまりは現状かなり厳しいとの事だった。


 できなくはないが、数百年の月日を準備に要し、かつ、その具体的な方法を魔王軍の誰も知らないときた。睡眠学習した知識の中にも当然見当たらなかった。


 つまり、常識的じゃねえ行為ってわけか。


「おい、俺をこの世界に呼び付けておいてどういう了見なんだ!?」


 魔王城はかつてない暗雲に覆われゴロゴロ鳴る。


「お前ら無責任って言葉を知らないのか?」


 呼吸を潜めて叩頭して震える魔物達。誰も何も発しない緊張に凝った空気がしばらく流れ、俺は後れ馳せながらはたと気が付いた。魔物達にとっちゃ無責任なんて言葉は誉め言葉なんだよな。震えも称賛を賜ったとの歓喜の震えのようだった。

 急に猛烈に面倒になった。


「もういい、皆下がれ」


 問い質すだけ時間の無駄。俺は再び一人になってどうにか帰れる方法を模索した。一晩。


 で、閃いたってわけ。


 こんなゴツくて強面で人間じゃない生物しかいない魔物の巣窟にいつまでもいる必要ねえじゃん、と。


 ここで方法が見つからないなら魔族領の外に出て探そう、と。


 この世界の秘密の中には地球に帰れる最短最良な手があるかもしれない。

 それにここは異世界。

 可愛くモフモフ耳やら尻尾やらが生えてたりする種族がいる。

 無論魔王城の耳角尻尾持ち達はムキムキしていて可愛くないので除外。


 そういうわけで、俺は魔王城から旅立ちする事にした。


「あー、魔王軍諸君に告ぐ~。俺はこれから忙しくなるので、城の諸々は任せたぞい」


 そんな適当な台詞を抑揚なく放ち、どよめく配下達を尻目に早々と荷造りする。


 その後、俺は俺の帰路探しの旅路でちょっといやかなりの紆余曲折があった。


 その紆余曲折は一人の人間によってもたらされた。


 そいつは魔王城のある魔族領から離れ人間領にやってきた俺が、街で勇者の聖剣の話を聞き、ファンタジー好きとしてはこれは是非に一度拝んでおきたいと興味本位でこっそり忍び込んだ聖剣の間に先客としていたんだ。





 聖剣の間。


 それは天に叛意ありとでも言うように、地の台座にしっかり深々と突き刺さった聖剣がまします部屋だ。


 聖剣とは、武器ではあるが時代時代でそれを台座から引き抜いた者が新たな勇者となって魔王と戦う定めを負うという、選定の宝具でもある。


 役目を終えると、いつの間にか台座に戻っているとも言われる古くて謎の多い剣でもあった。


 まあ要するに唯一無二の勇者選定兼魔王討伐激レアアイテムだ。


 現在の所有者はおらず、人間軍は着々と力を付けつつある魔王軍に対抗するためにもすぐにでも勇者誕生を渇望していた。

 人間軍は世界各国の精鋭からなるが、世界に一本しかない聖剣を分割して安置できるわけもなく、どこを安置場所にするかで悩んだ末、とある国がその役目を担う事になった。


 グロバール王国。


 人間の軍隊の中でも人数も戦力も一位二位を争うという強国に白羽の矢が立つのは当然と言えただろう。


 そうと決まって以来、聖剣の間の場所は長年変わっていない。聖剣の方もそこを安息の鞘とでも思っているのか、勇者から解放されると剣自らで回帰するのだから不思議なものだ。


 グロバール王国に基点の一つを置く神殿の協力もあって台座の管理修繕はバッチリ。魔王軍との戦いのための軍隊の配置や武器の配備もほとんど整っている。


 後は勇者の誕生を待つのみなのだ。


 その日も近いだろう。

 何故なら、連日「我こそは~」と勇んでやってくる猛者達は引きも切らないのだ。そう遠くないうちに新たな勇者も誕生するだろう。何故ならこれまでもそうだった。

 歴代の勇者年表を鑑みても勇者不在の期間は長くても十年。だから我慢するのは長くても十年と、誰もがそう楽観的に捉えていた。


 ――そしてこの現在、それから実に百年が経っていた。


 当初見積もっていた十倍だ。


「なあ本当に勇者そろそろ来てほしくね?」

「だよなあ。近年は魔王軍も調子乗って領土侵犯してくるしなあ。戦力は今のところ拮抗してるみたいだけど、やっぱり魔王討伐の旗頭になる勇者がいるのといないのとじゃ士気が全く違うしなあ」

「ああ、向こうじゃ新たな魔王が降臨したとかいう噂もあるし、本気でそろそろヤバイと思うんだよね。全く一体どこほっつき歩いてるんだか、まだ見ぬSSRダブルスーパーレアな勇者様はー」

「全くだ。魔法道具屋のアイテムガチャでさえ、一日中引き続ければ激レア出るもんな」

「めっっっちゃ金はかかるけど」

「な」


 五十年もSSR勇者が現れないと巷の者達も段々と勇者に対する苛立ちや焦りを隠し切れなくなってくる。


 出てこい勇者とばかりに勇者という存在への尊敬も薄れ風当たりだけが強くなった昨今、聖剣の間を巡回警護するグロバール王国の兵士でさえそんな調子だ。


(み、皆さん警護のお仕事ご苦労様です。ええ、僕もそう思います)


 そんなグロバール王国の神殿敷地内、聖剣の間へと続く冷たい石柱列の回廊で、一人の背の高い、しかし細身な人影が胸中でそう囁いた。


 歴史ある太い石柱の陰から息を殺してそろーりと小顔を覗かせて、魔法光ではなく古典的な灯りたる松明を手にした巡回兵の背中を見送っている。たとえ光源だろうと下手に魔法道具を使えば神殿内部の魔力調和が乱れ、魔法的な防御機能が薄れてしまう可能性があるからだった。


 夜中でもあり、そしてここ何年何十年の間に劣化したように警護意欲の薄れてしまったこの回廊には、その怪しい人影以外には誰もいなくなった。


「ほっ、見つからなくて良かった」


 小さく安堵するのはまだ若い一人の青年だ。

 見た目だけで判断するなら二十歳程。

 頭に巻く布からはみ出した彼の髪は柔らかそうで少し癖がある。

 そんな彼は足音を立てずそこから更に奥へと進んでいき、まんまと聖剣のある部屋へと忍び込んだのだった。

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