第19話 元気っ子妹

「えっと……さっきはごめんなさい」


 ファミレスから帰ってきて少し経った頃、俺の部屋にやってきた美優はいつもよりも俺と少しだけ距離を空けて、俺のベッドの上に並んで腰を下ろしていた。


 そして、いつものようにラノベを読みだしていたのだが、その間にちらちらとこちらに視線を向けていた。


 何だろうかと思って俺が美優の方に視線を向けると、目が合った美優は申し訳なさそうにそんな言葉を口にしてきた。


「まぁ、誤解は解けたし大丈夫だ。……周りにいたお客さんの誤解は解けてなさそうだったけど」


「うっ……」


 夏希の誤解は割と早めに解くことができたけど、周りにいたお客さんの誤解は解くチャンスすら貰うことができなかった。


 なんか、俺たちに向けられている視線があまり良いものではなかった気もするし、結構な勘違いをされたままだったのだろう。


『わ、私はお兄ちゃんにベッドに押し倒されたことあるけどね!!』


 まぁ、言葉が言葉だしな、仕方がない。


「だって、夏希さんがお兄ちゃんと一緒にお着替えしたり、お風呂入ったりしたって言ってきたから……」


 美優はそう言うと、こちらに意味ありげな視線を向けてきた。


まるで、俺が邪な気持ちを持って夏希とそういう行為に及んだのではないか。それを疑うような目つきをしていた。


「む、昔の話だって言ってたろ。時効だ時効」


「それは分かってるけどさ。夏希さんに勝つためには、私も一緒に……い、一緒に?!」


 美優は頭の中で何を想像したのか、顔の温度を徐々に熱くさせていき、ぽんっと音が出そうなくらいに赤くなっていた。


「は、はわわっ」


「……勝手に自爆するのはやめてくれ。ていうか、この歳でそんなことしたら、色々と問題だ」


 一体、何をどこまで想像したのか気になるが、それ意識してしまうと俺も頭が破裂してしまう気がしたので、俺は大人しく素数を数えてその邪念を払うことにした。


 そして、勝手な妄想で自爆した美優が落ち着くまで、結構な時間を要することになった。


 少しだけ落ち着きを見せた美優は、未だ顔の熱が冷めない状態のまま、こちらをちらりと見て言葉を続けた。


「夏希さん、お兄ちゃんの中では妹的な存在なの?」


 どうやら、こちらもずっと気になっている話題だったのか、美優は遠慮気味にそんなことを聞いてきた。


 なんでそんなことを気にするのかよく分らないが、俺は少し考えた後に口を開いた。


「まぁ、あいつは姉だと思ってるらしいけどな」


 強引に俺を振り回す辺りは自分勝手な姉のように思えなくもないが、そのあとに自分で解決できず、俺もそこで起きた問題の解決に駆り出されるあたり、年上の姉のようであるとは思えない。


「元気っ子妹枠、って感じかな?」


「ふーん……あっ」


「美優?」


 美優はつまらなそうな目をこちらに向けていたが、何かを思い出したようにポケットの中を探り始めた。


 そして、ヘアゴムを一つ取り出すと、こちらに背中を向けて少し高い位置で髪を結び始めた。


 こちらに首を向けているということもあって、すぐそこに綺麗なうなじが見えてしまっていた。


おそらく、美優はそのことに気づいていないのだろう。


 不意に見せられたそれは形容しがたい妖艶さがあり、俺は反射的にそこから目を背けてしまった。


 いや、別に見る分には見てもいいのか。


 そう思って、再度うなじに視線を向けようとしたとき、美優はこちらに振り返っていた。


 高い位置で結ばれたポニーテールは活発な印象を与え、微かに緊張したように朱色に染まっている頬との掛け合いによって、そこにギャップを形成していた。


「こ、こんな感じでどうかな? えっと、『にーちゃん』」


「――っ!」


 ツインテールと『にーちゃん』という呼び方。少し目を離した隙に、俺の目の前には元気っ子妹のような姿をした美優がいた。


 当然、不意を突かれてしまって、俺が何も思わないはずがない。そして、それが表情に出ないはずがない。


 そんな俺の顔を見て、美優は安心したように頬を緩めていた。


 その活発な雰囲気を与える髪型と、美優の優しい笑み。それに加えて『にーちゃん』という呼び方。


 それらが互いに相乗効果を与えあって、その笑みを向けられた俺の鼓動を大きく跳ね上げていた。


「な、なるほど。元気っ子妹か。悪くないな」


「『にーちゃん』はこういう呼び方が好き?」


「まぁ、全然嫌いじゃないな。うん、嫌いじゃない」


 むしろ、非常によろしいと言ってもいいだろう。


「ただ元気っ子妹というのは、一見簡単そうに見えて奥が深く、使い手によってその効果を発揮できなかったりするんだ。そもそも、元気っ子妹枠というのは普通の漫画などにも出ては来る。しかし、それをヒロインとして見たとき、その割合は減少するのだ。元気っ子妹というのは、ギャップをどのタイミングで表現させるかが命になってくる。そのギャップというのは、過去のブラコンエピソード。それを思い出し、顔を真っ赤に染めながら悶絶をする。こうすることで元気っ子妹というのは、一ヒロインとして確立される。もしくは、不意に兄に恋人がいるかを確認したりーー」


 俺がいつになく熱弁をしていると、服の袖をくいっと引かれた。


そして、その袖を引っ張ってきた方に視線を向けると、そこには頬を朱色に染め上げて、視線をこちらから逸らしている美優の姿があった。


「に、にーちゃん。昔の話されるのは、ちょっと、恥ずかしいから……やめて欲しい」


「――っ!」


 活発なイメージとの乙女な表情のギャップを叩きつけられて、俺は自分の記憶の中を全力疾走で走り回っていた。


 昔、ブラコンだった元気っ子妹との思い出を探すために、色んなものをひっくり返しながら、必死でその思い出を探す旅に出ていた。


「にーちゃん?」


「はっ! あ、いや、すまない。昔本当にあったかもしれないブラコンエピソードを思い出そうとしていた。いや、ないのは分かってるんだけど、つい、な」


「……」


「……え?」


 な、なんだ今の間は?


 笑うでもなく引くでもなく、ただじっと俺を見つめる瞳。


 まるで、本当に昔ブラコン妹だった記憶があることを思わせてくれる、公式からのメッセージのような物を感じた。


 いや、そんな思い出がないことは知っているんだけどな。 


「あっ、でも、元気っ子妹枠と言うのは実妹の領域な気がする」


「え、そうなの?」


「多分? いや、ないことはないんだろうけど」


 どれだけ探し回っても、元気っ子妹のブラコンエピソードが出てこなかったので、俺は捜索を諦めてそんな言葉を口にしていた。


 元気っ子妹がヒロインになる枠自体少ないし、幼少期のエピソードが必要になるしで、義妹が元気っ子枠と言うのは少ないのだろう。


「まぁ、義妹とは一緒にお風呂入ったり、お着替えもしたりしないように、元気っ子妹も少ないんだろ。その分、義妹ならではのイベントって言うのもあるしな」


「義妹ならでは?」


「まぁ、実妹ならではのイベントがあるように、義妹ならではのイベントってのもあるんだよ」


「……義妹ならではのイベント」


 なんだろ、なんか知らんけど、何気ない俺の言葉が美優に凄い刺さってるように見える。


 俺は隣で何かを真剣に考え始めた美優を横目に、壁に背中をつけてラノベを読み始めたのだった。

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