第13話 メスガキ妹①
両親が出張から帰ってきたら、俺たちの距離は少し遠くなったりするのだろうか?
年頃の男女が部屋を行き来するというのも、問題があったりするのかもしれない。一気に近づきすぎた距離だったが、また少しだけ離れてしまうのだろう。
そんな未来を想像して、少しだけ寂しく思ったりーーしていた時期が、私にもありました。
「お兄ちゃん、これの次の巻ってどれ?」
「ん、これだな」
「ありがとー」
当然、そんな心配は杞憂に終わり、今日も今日とて美優はベッドで俺と並んでラノベを読んでいた。
それも今は部屋着用のショートパンツ姿。生足がちらちらと見えて本に集中できなくなっていたのだが、以前に見過ぎてバレたことがあったので、そちらに視線を向ける回数は片手で収まるくらいで我慢をすることにした。
多少は見てしまうのは仕方がないと思う。だって、男の子だもの。
結局、両親が帰ってきた後も同じような距離間に俺たちはいた。
これが兄妹という関係じゃなければ、互いの距離間を気にしたりするのかもしれないが、俺たちは義理とは言っても兄妹。
当然、両親がいようがいまいが、接し方が変わったりはしないのだ。
むしろ、接し方を変える方が男女を意識しているような気もするしな。
「美優が俺のことを『お兄ちゃん』って呼んだとき、明美さんも父さんも驚いてたな」
「ふふっ、圭司さん、すごい驚いてたね。お母さんは、そこまでじゃなかったけど」
いつも帰りが遅い両親なのだが、今日は珍しく両親揃っての夕食だった。
その時に、何気なく美優が俺のことを『お兄ちゃん』と呼んだのだが、そのとき父さんは驚きのあまり箸を落していた。
まぁ、自分が『お父さん』と呼ぶよりも早く、息子が『お兄ちゃん』と呼ばれていたことにショックを受けたのだろう。
明美さんは少し驚くだけで、父さんの驚きようを笑っていたな。
まぁ、あれだけ隣に座っている人が驚いていれば、そんな反応にもなるよな。
「お兄ちゃんが私を『美優』って呼ぶとき、凄い噛んでたね。いつもはそんなことないのに」
「しょ、しょうがないだろ。両親の前で女の子の名前を呼ぶのは照れる年頃なんだよ。そもそも、思春期の男子が女子の名前を呼ぶということ自体結構ハードルが高いんだ。別に、これは女性経験がどうとかの問題じゃなくてーー」
俺が自分の正当性を主張しようと、冷静に理論的に言葉をつらつらと述べ始めた。
そうだ、別に俺に限った話ではない。クラスの大半が女子のことを名字で呼んでいることからも、俺の言っていることはマジョリティ的な意見なのだ。
その意見を述べている最中、ベッドのシーツが擦れるような音が微かに聞こえた気がした。
そして、それが何であるかを確認するよりも早く、俺の耳元で微かに熱っぽい声が囁かれた。
「お兄ちゃんの、ざぁこ」
「――っ!」
「あっ、耳真っ赤だ」
耳の中をくすぐるような声色と、そのワードセンスによって、俺の体温は目に見えて上げられてしまったらしい。
悪巧みでもするかのような笑みを前に、今さら赤くなってしまった耳を隠しても遅いようだった。
「お兄ちゃん、こういうのも好きなんだ。よわよわだね」
「――っ! 今日は、メスガキ妹ということか」
「うん、なんか最近流行ってるって聞いて」
「……一体、どこで聞いてきたんだか」
近年、属性として認められるようになった『メスガキ』という属性。その属性は一コマだけでその属性を表現できる手軽さと、その先を想像しやすいということから、パンデミックのごとく広がった属性である。
それに妹という属性は相性が良く、掛け合わせることで純度の高い二次元妹ができるということは、もはや世界の常識と化している。
「ふっ、だが、まさかその選択をしてくるとはな。早まったな、美優よ」
「早まった?」
しかし、その汎用性の良さから知らないで片足を突っ込んでしまう民がいるのも事実。そう、今の美優のように。
「『メスガキ』というものは、最終的にわからせることまでがセットなんだ。つまり、自らメスガキを演じるということは、わからせてくれと懇願しているということだ」
「わからせる?」
美優は俺の言っている言葉を聞いてもピンときていないのか、小首を傾げていた。
まぁ、そこまで知っていないからメスガキ妹を演じてみたんだろうけど。
「『メスガキ わからせ エロ』で検索してみれば、すぐに分かるーーいや、やっぱり何でもない。やめとけ、スマホで検索しようとするのはーーあっ」
ついオタク談義になってしまったがゆえに、口が緩んでとんでもないことを口にしてしまった。
慌てて訂正しようとしたのだが、どうやらすでに遅かったらしく、美優はポケットからスマホを取りだして検索をし始めた。
そして、俺の制止虚しく、美優はみるみるうちに顔を赤くさせていった。
ここまで来てしまったら、このまま流れに乗ってしまった方が自然かもしれない。
そう思った俺は、やや演技がかった口調で言葉を続けた。
「おいおい、自分と耳が赤いんじゃないか。メスガキ妹……いや、破廉恥妹さん?」
「ち、ちがっ、別にそう言うつもりじゃーーていうか、そんなことまで想像して耳赤くしてる方がえっちじゃん! お兄ちゃんのえっち!」
「ぐっ……」
一体、どんな画像を見つけたのか、美優は目を回しそうなくらい顔を赤くしていた。
それだけ慌てふためいていれば行けると思ったのだ、案外美優の頭は冷静に動いているらしかった。
どうやら、勢いと演技が狩った口調だけでは押し込めないみたいだ。
「いや、別にメスガキ妹に興奮したわけじゃない。ただ耳元で囁かれたから、驚いただけだって」
「嘘だ。囁かれるくらいで、そんなふうになるわけないじゃん」
「いやいや、なるんだよ、これが」
「そこまで言うなら、やってみればいいじゃん」
「……え?」
驚くくらい話はとんとん拍子で進んでいき、美優は顔を赤く染めたままこちらに
耳を向けてきた。
え、やるの? 美優の耳元で囁けと?
そして、勢いだけで進んでいった会話は思いもしなかった終着点へと向かおうとしていた。
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