第11話 シスコンという癖

「雪原さんの笑顔初めて見た!」


「笑顔可愛かったぁ! もう一回、もう一回笑ってみて!」


「ていうか、雪原さんと大沢くんって、兄妹だったの!?」


 兄妹ということを隠して学生生活を送るはずだった俺たちの関係。


 それは本当に些細なことでバレてしまうことになったのだった。


 いや、氷姫と呼ばれている女の子と一緒にご飯を食べようとして、その子が心から笑うような顔を見せたのだから、些細なこととは言えないのか。


 美優の笑顔を見るなりクラスの女子達に囲まれてしまい、俺たちは質問攻めにあっていた。


 変に隠してカップルだと思われるよりはいいだろうと思い、兄妹であることをばらしたところまではよかったのだが……。


「……」


 先程までの自然な笑顔はどこかに消えてしまい、今は氷姫の名にふさわしい目つきに戻ってしまっていた。


 いや、少し違うか。


 微かに眉がハの字になっている所を見ると、急に大勢の人に囲まれて緊張しているのかもしれない。


 何を隠そう、美優は人見知りすぎて表情が硬くなった結果、氷姫と名付けられてしまうくらいなのだ。


 今の状況が美優にとって良い状況ではないことはすぐに分かった。


 それなら、すぐにでも助け舟を出さなくては。


 俺が口を開こうとしたとき、ちょうど教室のドアから貞治の姿が見えた。


 貞治は俺が女子達に囲まれているという状況に困惑しているのか、眉をハの字にさせながらこちらに近づいてきた。

 

「あれ? 何かあったん?」


「実は、あの二人兄妹だったんだって」


 俺に向けられた言葉に対して、近くにいたクラスの女子が代わりに答えると、貞治は購買で買ってきたパンをどさっと落とした。


 それから、大袈裟な素振りで俺たちと俺たちを囲んでいるクラスの女子を見渡すと、血の気が引いたように顔を青くさせた。


「待て待て待て! 落ち着けお前ら!」


 先程まで騒がしくなった喧騒をかき消すような貞治の言葉。


盛り上がっていた所を急に制されて、視線の先が俺たちから貞治の方に向けられた。


「春斗が何か言おうとしてるだろ! ちゃんと聞いとけ!」


「え、急にどうしたの、あんた」


 貞治に向けられたクラスの女子からの声を無視しながら、貞治は俺の方に話を振ってきた。


急に話を振られて驚きながらも、俺は先程口にしようとしていたことを思い出した。


「えっと、その子人見知りだから、あんまり質問攻めしないで欲しいなって」


「え? そうなの?」


「そういうことだ! 散れ! 今すぐ散るんだ!」


「え、貞治?」


 何か貞治の様子がおかしい。その考えはここにいる全員が感じていたようだった。


 そして、その空気をようやく本人も感じ取ったようだった。


 貞治は辺りを見渡して、周囲から視線が向けられていることを再確認した後、大きなため息を吐いた後、静かに口を開いた。


「いいか、みんな聞いてくれ! 春斗は重度のシスコンなんだ!」


「……はい?」


 そして、思いもよらない言葉を口にすると、そのまま貞治は熱弁するように言葉を続けた。


「あれは、入学して間もない頃のこと、俺が春斗に『妹キャラ出てるから、このアニメ観てみろよ~』って言った時、春斗は『友人の妹? そんなのただの他人だろうが?!』って俺にぶち切れてきたんだ」


 静寂に包まれた教室の中で、貞治のそんな言葉だけが響いていた。


 やけに熱の入った言葉で、俺の癖がクラス中に広められていく。急いでそれを止めようとしたが、貞治は俺をなだめるように手をピシッと胸の前に置いて俺を制してきた。


「それだけ、こいつは妹への愛が深い。だから、妹が良くないことされたとき……こいつが何をしでかすか、俺にも分からんぞ。今日は今すぐ解散するのが吉だ。重度のシスコンが暴れる前に!!」


 最後に脅すような口調でクラスに俺の癖をぶちまけて、貞治の熱弁は終わった。


そして、貞治の熱弁が終わった頃、貞治が話し始める前よりも教室は静寂に包まれていていた。


「じゃ、じゃあ、雪原さん、また今度ね」「お、大沢君がいない時に」「い、行こっか」


 教室にある時計の針の音だけが聞こえるほど静まり返った後、俺たちを囲んでいたクラスの女子達が少しずつ離れていった。


 俺と兄妹になってしまった美優を憐れむように、俺の方には引きつったような笑みを向けながら。


 そして、こんな事態を引き起こした本人はと言うとーー


「へへっ、良いってことよ。幸せになれよ、兄弟」


 事態を収拾したつもりなのか、うざったいどや顔をこちらに向けていた。


 どこか清々しさまでも感じさせる表情で、『お礼はいいから』とでも言いたげな顔をしている。


「この野郎っ!」


 そんなキザな顔を見せられて、俺はすぱんっとその頭を叩いていた。


「いたっ! 何すんだよ!」


「それはこっちのセリフだ! 人の癖をぺらぺらとっ……お前なんかロリコンじゃないか! このっ、犯罪者予備軍目が!!」


「俺は二次元限定ですー! 犯罪とは無縁なんですー!!」


 いつの間にか互いの癖を大声で叫び合うという泥沼化。


俺の癖をばらされたのだから、こうなれば落ちる所まで一緒に落ちてやると思って、俺は貞治のロリコンエピソードを思い出そうとして、頭をフルで稼働させていた。


「あれ? 入学したての頃に、春斗って一人っ子って聞いたけど違ったっけ?」


「あの頃は妹いなかったから。父さんが再婚したから、『義妹』ができたんだよ」


 思考を中断されて、投げやりにそう答えると。貞治は不思議なものを見るような顔で首を傾げていた。


「ん? 春斗って前に『義妹は妹として認めん!』って言ってなかったけ?」


「お、おまっ」


 確かにそう言ったことはあったし、今もその気持ちはどこかにはある。


 ただそれを今、この場で言うのは明らかに悪手だろうが。


 俺は謎の緊張を抱えながら、ちらりと美優の方に視線を向けてみた。すると、案の定、美優はこちらにジトっとした目を向けていた。


 美優は俺と目が合うと、むくれるように頬を膨らませながら、こちらから視線を逸らした。


「……絶対に、認めさせるから」


 そして、聞こえるかどうかギリギリの声で、そんな言葉を呟いたのだった。


 これはまた、面倒なことになりそうな予感がしてきた。

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