第218話 進化の兆し(?)

 月を覆い隠す程に多かった英雄達がいなくなった。


 配信時間はなんと二十四時間を超える結果になった。


 それだけの長時間の魅了をしていた事になる。


 だと言うのに、惰性で魅了する事はなく会議もスムーズに進んでしまった。


 ナナミを長く居座らせる訳にも行かないので、彼女には途中で帰って貰った。


 地球側から何かしらの支援が入りそうだった所を地球に向かった仲間達が阻止した。


 やはりと言うか、地球にも数万体の無垢の英雄が進行していたらしい。


 実力のある探索者や俺の仲間達が協力して撃退、生かした状態で捕らえた英雄も数多くいるらしい。


 しかし、その全てから情報は得られなかった。


 血を抜こうとしても出したら消えてしまう。質問しても一切の反応を示さない。


 俺のやり方を真似るべくサキュバスの種族を持つ人達が魅了を試したらしい。


 しかし、欲望が欠如した英雄は全くの反応を示さなかった。


 時間が経つと英雄の身体は消滅し、残ったモノは所持していた装備くらいになった。


 当然、配信で公に晒した事で国々は対応に追われている。


 その問題を起こしたのは他の誰でもないこの俺なのだが、他人事のようにテレビを見ながらお茶を飲んでいる。


 「兄さん、学校は?」


 「ライムに任せた」


 「ふーん。じゃあ勉強教えてよ」


 今は午後、マナのところはテストが始まっているので早帰りである。


 俺はサボり⋯⋯だが許して貰いたい。


 長時間の魅了で砕けるどころか灰となった精神を回復させる必要があったのだ。


 さすがに疲れて長時間寝て学校に行ける状態では無かった。


 「良いよ」


 サボりは罪悪感に支配される。なので誤魔化すように妹に勉強を教えようと思う。


 ツキリも色々と情報を整理しているらしい。


 英雄を魅了して人間に戻した瞬間に感じた、心を暖かく包む何か。


 それは進化に繋がる事じゃないのか、そう考えているらしい。


 『それで結論を出したのよ』


 「ん?」


 『勇者としての力を覚醒させるには、勇者として人間に認められる必要があるんじゃないかしら?』


 魔王は信仰によってその力を上げると言っていた。


 だから魔王の序列として地球、太陽、月の順番の強さらしい。


 元はあっちの世界の意思によって作られた勇者と魔王。


 魔王の力を分解して与えられたのが信仰で力を上がると言うなら、同じように世界に作られその力を一部譲渡した勇者も同じような事が言えるのでは無いか。


 そう考えたのだろう。


 魔王でもサキュ兄でも無く、勇者として信仰を集める。


 英雄を人間に戻した瞬間、きっと彼らは救世主などと言う幻想を抱いた事だろう。


 その勘違いが信仰となり、勇者の血を目覚めさせようとした。


 血⋯⋯血か。


 「マナも覚醒剤を飲めばこのくらいの力出せるのかな?」


 「え、兄さんそんのやってるの? やめなよ」


 「勘違いしないでよ」


 独り言を言った俺にもミスはあるけど。


 でもあれだな。条件として種族が必要だし⋯⋯もしかしたらレイの僅かな血のせいでサキュバスになるかもしれん。


 俺はイレギュラー的な存在だけど、マナがサキュバスになったら⋯⋯一般的なサキュバスと同じ性格になるのではないか?


 そんなのは嫌だな。兄として許容できない。


 『話が逸れたわね。それで進化を促す方法なんだけど、そろそろ撒いた種を回収する時なんじゃないかしら?』


 撒いた⋯⋯種?


 『え、忘れたの?』


 俺は必死に過去の記憶を掘り起こして思い出す。


 ユリとしたSM魅了、メイド、スーツ、水着、アイドル⋯⋯ダメだ。全部魅了の内容しか出て来ない。


 辛い記憶ってなんだこうもくっきり思い出せるのだろうか。


 『はぁスライムを色々なメディアで活躍させていたでしょう?』


 「ああ!」


 「兄さん!」


 「あ、悪い」


 大きな声をあげて立ち上がったらそりゃ驚くよな。


 謝りながら座った。


 ライムの分体をサキュ兄の見た目に近い状態にして色々なところに放ったんだ。


 女優、アイドル、声優、モデル、色々だ。


 中には男の状態で俳優などもやっている。


 もちろん日本だけには留まらず、他の国でも活躍している。現状の把握が困難な程に。


 様々なところで色々なファンを獲得していたのだ。


 それも全部、世界の繋がりを断つための布石だ。


 この世界の人達を魅了する大規模な計画。


 テレビでの活躍が生活の一部になっていたのですっかり忘れていた。


 『一気に魅了して祭り上げて貰う、そしてこの世界に勇者と言う存在を定義させる』


 向こうの概念をここで用意し、それに俺がなるのがツキリの目的らしい。


 『最悪最後の魅了になるかもしれないわね』


 最後の魅了の何が最悪なのか、俺には理解できなかった。


 しかし、これを機に一気に進めるのだろう。


 『そのための準備が必要ね』


 そうだな。


 世界中を魅了するとなると、まずは全ての人達の目に止まらないといけない。


 国にも協力要請を出しつつ、こっちでも準備を進めておくべきだろう。


 「マナ、悪いが少し出て来る」


 「えーサボりなのに外に遊びに行くの?」


 「違う。帰ったら一緒にゲームしよう。それで勘弁してくれ」


 「いやテスト中だからしないけど」


 「そうだなごめん。埋め合わせはするよ」


 俺は久しぶりにキュラに会いに行く。


 今ではもう勝手に細胞を渡したりしているので、会う機会が無くなった。


 キュラには常に誰かしらの護衛がついている。人気者だから。


 この辺のスライムは軒並みキュラに吸収されて数を減らしている。


 スライム討伐から経験を得られない初心者のために腕の立つ探索者が護衛兼教師として二層でゴブリンと戦っているらしい。


 「さ、サキュ兄!」


 「どうしてここに!」


 「え、てか今の時間帯って⋯⋯」


 「ごめんね皆さん。キュラと二人きりにして」


 俺がお願いすると、簡単に引き下がってくれる。


 俺がキュラに頼み事をする。


 きっと大騒ぎになるだろう。本当ならギルド本部の上層部の許可が必要になる行為だ。


 しかし、その時間も勿体ない。そもそも一探索者が会えるとも思えない。


 この戦いが終われば地球の魔王はダンジョンを不要と扱い処分するだろう。


 元々ダンジョンはアイツらに抗う力を手に入れるべく用意されたモノだからだ。


 種族になるのも、人間では勝てないから。


 「さて、数を増やすか」


 キュラが増殖する。


 万、億と言う数じゃ足りないだろう。


 世界中の人に俺の最後の魅了を観てもらうにはどうしても、観るための道具が必要だ。


 テレビやスマホを観ない人、仕事中の人、色んな人が観ない可能性を秘めている。


 それでも絶対に観て貰い魅了する。


 だからスライムの数を増やす。世界中にスライムを広げて映像を映して貰うのだ。


 ⋯⋯そのためにまずは、ダンジョンの中にいる全てのスライムをこちら側に吸収する。


 一層だけじゃない。この下の階層にもスライムはいる。


 なんなら下層にもスライムの上位互換がいるだろう。


 その全てだ。全てのスライムを吸収するのだ。


 「ジャクズレ」


 「ははっ!」


 俺の影から出て来るジャクズレ。


 「お前の軍団も全て動かして世界中にスライム達を広げ、野良スライムを吸収しまくれ。なんなら人類の未到達階層にも進んで良い。そこで出会うアンデッドも配下にして良いぞ」


 ダイヤの進化した影響でウルフ達が新たな姿に進化している。


 そしてローズの魔王後継者の力は全員に影響を与えている。


 進化はしてないかもしれないが、実力は相当に高い。


 限界まで進んで貰えれば良いだろう。


 ⋯⋯本当は俺も下の階層に行きたい。探索したい。


 だけど、進化できる兆しが見つかった今、立ち止まる訳にはいかないのだ。


 優先順位は間違えない。


 「全てが終わった後、交渉してダンジョンは残して貰おう」


 そしたら、今度こそちゃんと攻略してやる。



◆あとがき◆

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