第184話 炎の様に熱い興奮()
ユリの登場により戦局は大きく変わる、なんて事は無くジリジリと追い詰められるのはキリヤ達の方だった。
ユリも進化により大きく力を手に入れたが龍を大きく上回る事は無かった。
しかし、二人の連携によって龍もまた攻め手に欠ける状況となっていた。
「【火龍の太刀】」
炎の斬撃が龍のように姿を変えて雷の龍へと迫って行く。
「遅いね!」
攻撃を躱して懐に飛び込んで振るわれる剣をキリヤが防ぎ、弾く。
互いが互いをカバーする。
「ツキリ、魔法は使わなくて良い」
『何言ってのよ。手数が減ればそれだけ厳しくなるのよ』
「俺を魔法に変えるんだ。奴のスピードに追い付くにはそれ以外に方法が無い」
『それがかなり無茶な事って分かってるの? やった事も無いし』
「信じてるぜ相棒」
『全く。都合の良いように言ってくれちゃうわね』
ユリが炎の魔法を使って回避を誘導し攻撃を命中させるために動く。
だが、攻撃の全てが龍のスピードを捉えるに至らない。
憧れの存在に近づいたのにも関わらずの体たらく。無意識に目尻に涙が溜まり出す。その涙もすぐに蒸発するが。
しかし、背中をポンっと叩かれて吹き飛ぶ。
「ユリ、落ち着け。⋯⋯力に振り回されてるぞ」
「⋯⋯はい」
「飛行戦は初めてだろ。慣れない事もある筈だ。⋯⋯だけど、自分らしさを見失うな」
「はい!」
魔眼に振り回されたキリヤからの言葉。最愛の主からの言葉。
ユリは真摯に受け止めて魔剣を構える。
電気になっての高速移動をしようが攻撃の際には実体が現れる。
そこに合わせる事で防御は可能。しかし攻撃はできない。
地上からの援護も難しい状況になってしまい、どう攻略するかを考える。
「エンリの力をそこまで扱うだけでも驚きだ。⋯⋯どうだ? 新たな妹として迎える事もできるが?」
「お断りします。私はご主人様の剣ですから。これから、ずっと」
「ユリ、半分冗談だぞ」
「⋯⋯分かってます」
「はは。面白いな⋯⋯弟の剣は返して貰わないとな【蒼雷】」
「【蒼炎】」
手から出される蒼い雷と炎が衝突し激しい爆発を起こす。
足裏と翼の下側から炎を出して加速するユリとキリヤのスピードは互角。
バフによって強化されたキリヤとユリが同じスピードなのだ。
「「はああああ!」」
二人から繰り出される斬撃の前を全て防ぐ。
剣の腕は龍も高い。
「ここだ!」
隙を見せた訳では無いが、僅かな隙間でもあったのだろう。
ユリに一太刀の攻撃が入る。
「ぐっ。【月炎】」
再生の炎を纏い斬られた箇所を瞬時に再生するが、魔法を使ったタイミングの硬直を狙われる。
キリヤが間に入り防ぐが、パワーで押し切られる。
「【雷槍】」
雷でできた槍が重なった二人に向かって放たれる。
「俺が守るっ!」
「ご主人様!」
ユリがキリヤを押して自らが槍を受ける。
「ユリっ!」
「あああああああああ!」
「庇うか」
全身に走る雷撃。その火力は意識を飛ばすには十分だっただろう。
だが、それはユリの中にある炎が許さない。
「ゲホゲホ」
「ユリ、大丈夫か!」
「もちろんです。こんなところで、倒れてはいられません」
目が半開きで大丈夫の様に見えないが、キリヤは何も言わない。
全存在を掛けた戦いは魔法を使わなくなったキリヤ達がさらに不利となっている。
そこでユリはこの戦場に来る際に考えていた秘策を利用する事に決めた。
成功できるか分からない不安と僅かながらの緊張と興奮を心に秘めて。
「【黎明】」
静かに、ゆっくりと魔剣に炎が灯る。
「【火龍の太刀】」
濃密な魔力を秘めた炎を龍の形にして飛ばす。
炎の龍の形は翼が生えていない青龍の様な見た目をしている。
【黎明】によって形成された炎の龍は雷の龍を喰らおうと接近する。
「【紫電】」
紫色の電撃を吸収して前へ進む。簡単には砕けないらしい。
「ご主人様」
「なんだ?」
「申し訳ありません。私にはこれしか選択が無いと思ったんです」
「え、ほんとになんなの?」
ユリはキリヤの手を握ってギュッと自分の方に寄せる。
鱗を纏った手はとても熱く硬かった。
「失礼します」
「え、本当になんなの?」
魔剣を持つ腕をグッと回して顔を寄せる。
「んっ!」
キリヤが拒絶する時間も与えずに合わせる唇。柔らかいと感想が出るよりも先に熱いと感じる。
反射的に逃げようとするがユリがそれを許さない様にグッと寄せる。
ユリはまだ自分の力を完全にコントロールできている訳では無いため、体温が非常に高い。
一秒、二秒ととても短いが長い間重ねた。
名残惜しそうにユリはキリヤから離れる。
「ユリ⋯⋯一体なに、を?」
ぐらつく頭。視界がまともに対象を捉えずにグラグラ揺れ動く。
早まる心臓の鼓動。
「はぁ。はぁ」
頬を赤らめ、艶かしい声と共に吐く白い息。
身体の下部から込み上げる熱を感じてモジモジとし出す。
尚、それはユリも同じ状況である。
「これ、は」
『精力』淫魔系が元来から有する能力の一つ。
相手を興奮状態にする力だ。
基本は性行為に用いられる能力だが、キリヤ達は戦闘での利用を稀にやっている。
痛覚の緩和に体力の消耗も感じない興奮状態。
⋯⋯簡単に言えば『ハイ』の状態だ。
限界を超えた力を無理やり引き出せ、それを可能だと錯覚させる。
「なんで、俺まで」
「⋯⋯ご主人様を見すぎると、はぁ、キツいですね⋯⋯はは、制御が、キツい」
ユリは欲望を抑えて戦闘へそれを活かすのは慣れて来ているがキリヤは別だ。
そもそもサキュバスなのだから対象外だ。
ならばどうしてキリヤまでも興奮状態なのか。
ユリがやったのは瞬間的に魔力を吸収して返すと言うのだった。自分の魔力に染まる前に返す。
僅かに自分の魔力も一緒に渡す事で『攻撃』の判定をする。
キリヤの持つ勇者の血が覚醒して手に入れた能力『
魔力に備わっている『精力』の能力を特攻により耐性を一時的に破壊して発動させたのだ。
可能かははっきり言えば分からない。ユリとて確率はかなり低いと思っていた。
体質的に入っているだろう耐性を貫いて能力を発動させる事なんてのは。
種族は魂と密に関わっており、キリヤの魂は人間で男。
そこも噛み合わさりこのような結果を得られたのだろう。
「⋯⋯はは。なんだこの高揚感に近い感覚は」
周りの雑念が消え去るかの様な感覚。
興奮状態でもありながら冷静に分析できる。
鼓動が早まり血の循環が加速して脳の働きが活発になった。
加速して行く思考の中、雷の龍がユリの放った攻撃を突破して来るのが見えた。
身体が悲鳴をあげるのも最早関係ない。
「八咫烏、翼撃」
「おっと。力が強くなったか?」
タイミングを合わせて強攻撃を命中させ相手を怯ませると同時に懐に飛び込んでいたユリの魔剣から炎が噴射される。
炎を纏い火力を上げるのではなく、一点から放出する事による加速を狙う。
「
体勢も何も関係ない、ただスピードに特化させた攻撃を繰り出す。
回避はできるだろう。電気となれば回避は容易だ。
それは既に何回も行っていた。
だからこそ、どこにどう逃げるかの癖をキリヤは掴んでいた。
何回もやられれば感覚を掴む。
そして、魔法のような状態で逃げれば物理攻撃が無効のようにも見えるが、特攻の能力がそれを許さない。
初代勇者が最強だった所以の一つである火力を強制的に出す力。
「ここだろ!」
「ぐっは」
魔法にすらも特攻を出し斬る事を可能にしているキリヤの剣は龍を斬った。
すぐに肉体を戻したせいで致命的な攻撃は避けられたが、もしも移動中に切断されたら絶命していただろう。
「どう言う事だ。あの一瞬でどうしてそこまで速くなる」
「あんまり、スピードは、変わってない」
「動き出すスピードが変わったんですよ」
「サキュバス、なんか変じゃないか? いやお前もだが」
龍は『精力』を使った事を知らなかった。
「我ならが、ご主人様の隣で戦える状況に喜びを感じてしまっています」
「え、なに?」
興奮状態のキリヤはあまり他の事に意識が向かない。
龍の言葉は聞き取れてもユリの声はあまり聞き取れなかった。
『⋯⋯キリヤ、アーシの声が聞こえたならユリちゃんから炎を貰って』
「ユリから、炎を貰う?」
「はい、分かりました!」
「おっと、そうはさせないよ」
ユリがやろうとしたのを邪魔するために動くが、それを妨害する攻撃が地上から迫る。
「ちぃ」
ユリがキリヤの肩に手を置いて、魔力を流す。
「⋯⋯難しいな」
他人に魔力を分け与えるのが難しくて中々できない。キスして瞬時にやったあの時はまた違うのである。
じっくり正確にやらなくてはならない。
ただ与えるだけではキリヤの魔力に染まって炎を渡す事はできないのである。
「俺を魔剣だと思い込め」
「魔剣⋯⋯ご主人様が魔剣⋯⋯?」
魔剣に魔力を流して炎を出す時と同じ感覚をキリヤで行う。
「【焔】」
「ふぅぅぅ」
息を吐いて巡る熱を耐え忍ぶ。
『それじゃ行くわよ⋯⋯目指すは落雷を超える速度、月光の速度、光よ!』
◆あとがき◆
お読みいただきありがとうございます
★、♡、とても励みになります。ありがとうございます
次回、決着するはずです(多分)
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