集落

 ジュラとマデオは気ままに旅をした。一所ひとところに長くとどまる時もあれば、地表に接するのは数日だけという時もあった。人が多く住む平野に降りた時は、ジュラの掴んでいる大地が森の下の巨大な崖となり人を寄せ付けなかった。人が出入り出来たのはジュラの森の地面と、停泊地の地面が同等の高さにある時だけだった。それゆえにジュラの森に入る事が出来た人間は多くなかった。


 それでも旅を続けるにつれ、年月を数えるにつれ、ジュラの森に入れた人間の数は増えた。その殆どはジュラの森を出て元の生活に戻る事を望んだが、ジュラの森に住みつく事を選んだ者もいた。彼らはやがてジュラの根元に小さな集落を作った。

『好きにするがいい』

 神託を得ようとするかの如くジュラに許可を求める集落の長に、ジュラはそっけなくそう言った。彼らの存在は他の動物と変わらない。ジュラは森の動物に多くを求めない。

 だが、ジュラは思い、そしてマデオに言った。『人間には面白い者と退屈な者がいるな。いつかの冒険者は本当に面白い者たちだった』と。

『そうなんだよなー。何故か、自分一人の力で生き抜く強さを持っている人間は自由で面白く、弱くて自由を得ようとしない人間は退屈なんだよな』マデオはそう言った。


 その小さな集落は少しずつ規模を増し、地表に浮き出ているジュラの根と根の間に石を積んで作られた貯蔵庫は増築を繰り返し、いつしか城のようになった。「空を飛ぶジュラの森に攻め入ってくるような軍隊などないのだから、城など必要ない」という議論も集落の中でなされたが、快適さと利便性を求めながらジュラに畏敬の念を持って暮らす人々の営みは、ジュラに寄り添うような城を生んだ。

「以前にやってきたワイバーンライダーのような者が攻めてくるやも知れぬ」

「しかし、この地には価値ある宝などない」

「何を言う。このジュラの森こそが宝ではないか」

 住民たちは話し合い、日常で狩りに使う武器よりも強力な武器を作り始めた。

 ジュラに伐採を許されたジュラの身体の一部は、弓矢となれば風を引き裂き、木剣となればその刀身にいかずちを纏わせた。

 幸いにして、この集落を攻め落とそうという軍隊はついぞやってこなかったが、ジュラの武器に魅入られた者はいた。ある者は殺し合い、ある者はジュラの武器を持って腕試しとばかりに下界に旅立った。


 森を開墾し、住居を建て、農地を作り、城までも建てた集落は一時ひとときの栄華を誇った後にさびれていった。

 ジュラは集落の人間達の行動を何も規制しなかったが、人間達の願いを聞き入れる事もなかった。集落の長は常にジュラを崇め、讃え、何かを願い祈っていた。しかし、ジュラが求めて止まない好奇心を充たす話をする事はなかった。


「ジュラさま、あのね。この間二人の鹿さんが角と角をぶつけあって、音楽を奏でていたの。鹿さんも音楽好きなんだね」

 ある時、集落の幼い少女がジュラに話しかけてきた。牡鹿同士のメスの取り合いのケンカをそのように捉える少女の見方を面白いとジュラが感心していると、集落の長が少女に「コラ!ジュラ様に気安く話し掛けるな!不敬にも程がある。シッシッ!どこかへ行け!」と言って追い払った。

 ジュラには怒りという感情がそもそも希薄であった。この時も怒る事はなかったが、集落の長を【退屈そのもの】と認定し『退屈が退屈を増殖させるのだ』とジュラなりの格言を生み出した。


 ジュラがマデオにそれを言うと、『違いねえ』とマデオは同意した。

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