第37話判決


 ピケット伯爵夫人はお茶会の後に、ジュリエットの控えの間を訪問した所から詳しく説明した。


「私が1人で控えの間に入ると、ジュリエット様は手首に負われた火傷の治療を受けておいででした。そして私の要件が、ぶつかってお茶をこぼしたことの謝罪だと知ると、笑って気にしなくていいとおっしゃいました。それより、アカデミーに私の娘が同期で入学するのをご存じで、友達になれたら嬉しいと微笑んでおっしゃられました」

 

 それから伯爵夫人はロバーツに睨み付ける様な視線を送り、付け加えた。


「後からジュリエット様の侍女に聞いたのですが、着替えの時に火傷の治療を受けなかったのは、包帯をしてお茶会の席に戻れば、せっかくのお茶会で私に心苦しい思いをさせると考えたからだそうでございます。暴言はおろか、私は法外なドレスの賠償金を請求された事も、お茶を掛けられて火傷を負わされた事もございません」


 ピケット伯爵夫人が去るとライオネルはもう一度カイエン・ロバーツを召還した。カイエンは明らかに動揺しており、しきりにゴードンの顔色を窺って何度も振り向いた。


「さてカイエン。君は被告が法外なドレスの賠償金を請求していたとゴードン殿下に話したようだが、わたしなら火傷の慰謝料を請求するね。そちらの方がよほど高額を請求できるからね。それをしなかったのは君がジュリエットの火傷の事を知らなかったからだ。なぜならゴードンにした話は全て君の作り話だったからね。伯爵夫人の侍女から聞いた話だと言ったそうだが、ピケット伯爵夫人は一人で謝罪しに行かれたのだよ」


「そっ、それは・・」


「ミナ・ロバーツは君の従兄だそうだね。パラディ嬢が毒に倒れ、その犯人がジュリエットなら次の王太子妃候補は間違いなくミナだろう。ミナが王太子妃になれば、君を重要なポストに引き上げてくれるとでも言われたかな? それとも毒殺を計画したのはカイエン・ロバーツ、君なのか?」


「違います! 決して私はそんな大それた事は・・あれは全部ミナが考えたんです。私じゃない、私じゃない!」


 カイエンはガタガタと震えながらその場にへたり込んでしまった。


 その様子を見たライオネルは勝ち誇ったように宣言した。


「これで弁論を終わります」



 判決は無罪だった。


 裁判が終わるとすぐミナとカイエンは王立騎士団に拘束され、裁判院から連れ去られた。



 



_____________





「それで、誰なんだ?」


 ここは王宮のゴードンの部屋。執務室でもなければ、書斎でもない全くプライベートなゴードンの居間だ。


 裁判から数日経ったこの日、あたしとライオネル、そしてリンがここに招かれた。


 ゴードンが聞いているのは、マギーが裁判で証言した『さるお方』の事だ。


「正確に言うと俺とジュリエットだな。だが、リンも知っていた。そこで一つ、ゴードンには謝らなければならない事がある」


 ゴードンはどんな反応をするだろう? やっぱり怒るかな・・。


「実はリンが毒に倒れたというのはお芝居だったんだ。ドクターブロナーに協力してもらってたんだよ」

「なっ、なんだって!?」


「ごめんなさい、ゴードン様。本当に・・ごめんなさい。あの吐血はイチゴジャムとトマトピューレを水で薄めた物だったんです」


 リンもゴードンに叱られる覚悟でいるのだろう。ぎゅっと目をつぶって体を固くしている。


「いやリンは悪くないんだよ。俺がどうしてもってお願いしたんだ。ジュリエットもゴードンに協力して貰った方がいいって言ったんだが、俺が、その‥ゴードンは嘘をつくのが下手だからってさ」


 初めは何か言いたそうに口を開いたゴードンが、大きなため息を一つ吐いてソファに背を預けた。


「確かに私は嘘が下手だ。嘘をつくのは良くない事だと認識しているからな」 


「は、はは。まあ嘘も方便って事だよ。リンに毒を飲ませる訳にはいかないが、それじゃあミナをあぶり出せない。ミナの計画が上手く行ったと油断させる必要があったんだ。これはジュリエットすら知らなかった事だ。ジュリエットには、リンはお茶は飲まないという計画だと言ってあったんだ」




 そう。あの、ボートに乗って密談した日。ミナの不審な行動の理由をあたしたちは考察した。


 あたしの思いつく動機は曖昧だったけど、流石はライオネル、この世界の住人だけあってミナの動機に思い当たったのだ。


『王妃の座を巡っての毒殺計画か! うわぁ昔の昼ドラみたいにドロドロしてるのね。まだ寝取った、取られたが無いだけましか・・』


 動機についてのライオネルの憶測を聞いた時、思わずあたしはそう言っちゃったわ。


 動機が判明した所で今度は手段だ。本来はジュリエットが自分のカップに毒を入れる。それを確認したミナが、席替えの時にカップを移動するふりをして、実際には移動せずにまた元に戻したという事になる。だからジュリエットの席に座ったリンがジュリエットの毒入りのお茶を飲んでしまうのだ。


「でもそれじゃあジュリエットが毒を入れたのは自分のカップだと主張したら、ミナはどうするつもりだったのかしら?」


「ミナの言い分は、『ジュリエットに薬を入れて欲しいと頼まれた』だ。ジュリエットが自分のカップに毒を入れる瞬間を誰も見ていなかったとしたら、証拠はない。そうなると動機の有無とどちらの話に信ぴょう性があるか、という話になってくる。ジュリエットの評判を落とすために、リンを虐めているという印象を付ける必要がミナにはあった訳だな」


「それは成功してるわよね。実際にちょっとした嫌がらせをしてたのも事実だし。だけど社交界にまでジュリエットの良くない噂が広まっているのはどうしてなのかしら?」


 小説ではジュリエットの態度が、愛想が無く、かしこまっていると書かれている。そしてこれが冷たい女性と言われる要因になっていた。でもお茶会でのピケット伯爵夫人との出来事は書かれていなかったから、社交界にまでジュリエットをよく思わない風潮が流れているのが、あたしには不思議なのだ。


 それを調査したのがライオネルだ。ライオネルの側近や侍従に噂話を集めさせて、噂の出所をカイエンだと突き止めたのだ。


 カイエンがミナの従兄だと判明すると、もう点と点は繋がった。


 そして泥棒に入った時の身軽さに目を付けて、マギーにミナの尾行を依頼したのだった。マギーはずっとミナの動向を探っていたから、毒物の在処も分かっている。小瓶の中身を無害な薬にすり替えたのもマギーだった。裁判で証人になるにしても、被害を受けた側のリンの侍女だから都合がいい。


 そこで、ミナがよからぬ企みをしているらしいとリンに相談し、リンは一芝居打つことになったという訳だ。リンのお芝居のうまさには正直びっくりしたわ。



「アカデミーで受けた酷い嫌がらせは、全てミナがやらせていたみたいなの。ミナは『ジュリエット様に命令された』と嘘をついていたから、みんなジュリエットさんが悪者だと勘違いしてたのね」


 リンはロザリンとアノンから打ち明けられたらしい。


「物凄い計画的よね。怖いわ~、女って怖いわ~」

「何言ってんだ、自分も女だろう」


 腕をさすって身震いするあたしに、ライオネルが横目をくれた。


「そうなんですけどね」

「ジュリエットさんは本当に楽しい方ですね」

「だな」


 あたし達3人はほがらかに笑い合った。それを見ていたゴードンがちょっとした驚きを交えて言った。


「私の知らぬ間に随分と仲良くなったのだな」


 そして、そろそろお暇おいとましようとしたあたしに声を掛けて来た。


「待ってくれ。少し話をしたいんだが」

 







 


 


 

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