第31話オリジナルストーリー


 作者の橘先生を見舞った帰り、藤本先輩にはそのまま岸田家へ寄って頂いた。今日の報告と今後の対応について、康兄さまと話し合う事にしたのだ。


「あら、藤本君いらっしゃい」

「おばさん、こんばんは。お邪魔します」

「今日は和華とデートだったの? 仲いいわね。夕飯も食べてくでしょ? ゆっくりしていってね~」


 母は和華と藤本先輩が上手く行っていると勘違いしている。美味しい物をつくらなくちゃね~と鼻歌を歌いながらキッチンへ去って行った。


 当の藤本先輩はといえば『デート』と言われた事を特に否定もせず笑っている。


「和華ちゃんのお母さんはいつも明るくて暖かくて、ホッとする」

「そうですわね。家族思いのとてもいい方ですわ」


 ちょうどそこへ康兄さまが帰宅した。


「お、帰ってたんだな。よし和華の部屋へ行こう。すぐ話を聞かせてくれ」


 わたくしがお茶を用意している間に、藤本先輩が橘先生から聞いた話を康兄さまに説明していた。


「作者が事故にあった時期と、和華が本の中に入っちまった時期が被ってるわけか・・」

「この事故が原因だとはっきりは言えませんが、関連がないとも言えませんわね」


「作者の後悔の気持ちがこんな事態を引き起こしたんだとしたら凄いよね。自分の作品への思い入れって、読者には想像もつかないほど強いものなんだな」


 藤本先輩は病室での様子を思い返すように思いふけりながら言った。


「でもなんで和華なんだ。他にもこの本を読んだ人間は沢山いるだろう?」

「これも推測の域を出ませんが、和華がわたくしに同情していたからではないかと思いますの」


「岸田君、橘先生が最初に考えていたストーリーでは、ジュリエットが主人公だったんだよ」


 わたくし達は世に出ることが無かった最初のストーリーを康兄さまに話して聞かせた。それは・・



 公爵令嬢のジュリエットは王太子妃候補になり厳しい妃教育を受けていた。彼女は王太子のゴードンに思いを寄せており、妃教育で辛い事があってもくじけずに頑張っている。ところがジュリエットと同期でアカデミーに入学した男爵令嬢のリンにゴードンは恋してしまう。


 この三角関係に気づいたミナの策略により、お茶会での毒殺未遂事件が起きる。そこへジュリエットを密かに愛するゴードンの弟ライオネルが、ミナの陰謀を暴きジュリエットを窮地から救い出す。


 ライオネルの真心を知ったジュリエットの心は次第にライオネルに傾いていく。ジュリエットの気持ちを知らぬままにゴードンはリンと結婚するが、ライオネルもジュリエットに自分の気持ちを打ち明け求婚する。それをジュリエットが受け入れ、ハッピーエンド。


 これが『月の女神に愛された少女』の本来のストーリーだ。月の女神に愛された少女というのはわたくしの事だったのね。



「和華が本の中に入ってからのストーリーと近いものがあるな」

「ええ。和華の白紙の本に本来のストーリーが書き込まれて行けば、わたくし達は元に戻れるのではないでしょうか?」


「和華ちゃんは本来のストーリーに戻すために本に呼ばれた・・のかな」

「そうだわ、今日はまだ本をチェックしていませんでした」


 白紙のページには新たにストーリーが書き込まれていた。


 リンとゴードンの婚約祝いにお茶会を開いてはどうかと、ミナがジュリエットに提案している場面が追加されている。あまり乗り気ではないジュリエットをミナが説き伏せてしまっていた。


「これって例のお茶会じゃねえのか?!」


 横から覗き込んでいた康兄さまがいきなり立ち上がった。眉間に皺をよせ険しい表情をしている。


「ミナの策略にはまってしまっていますわ。これでは避けようがありませんもの」

「リンの毒殺を企んだのはミナだって事、和華ちゃんは知らないよね・・まずいな」


 藤本先輩も深刻そうに考え込んいる。


「このミナって女はなんでこんな事を画策してんだ? 一体何が目的なんだ?!」


「それも橘先生に伺って来てる。ミナはまずリンを毒殺しようと考えた。その上で犯人をジュリエットに仕立てる事を計画したんだ。二人の妃候補が消えたら次の妃候補は自分の番だと考えたから、という設定らしい」


「確かにゴードン様と釣り合う令嬢の中では、年齢、家柄、容姿など、どれを見てもミナが一番だと思いますわ」


「修正された方のストーリーでは、ジュリエットがミナにやらせたと周囲は考えてるし、ミナもそう供述してる。ジュリエットは否定してるけど信じて貰えてないね」


「それを和華は知らねえんだろ? このままじゃその女の策略にはまって投獄されちまうじゃねえか!」

「康兄さま、どうか落ち着いて下さい。大きな声を出してはお母様に聞かれてしまいます」


 康兄さまは呟くように『チクショウ』というと乱暴にベッドに腰を下ろした。ベッドのスプリングが激しく軋む。


「岸田君、あと3日で半月になる。そうしたらジュリエットさんが向こうに行って、和華ちゃんにミナの事を教えてあげられるから大丈夫だよ。お茶会まではまだ時間があるから、絶対に間に合う」


「そうですわ。ですからミナへの対策方法も考えておきましょう。今回はわたくしは毒物を購入していませんからミナが用意するはずです」


「そうだね、ミナはジュリエットの持ち物に毒を忍ばせようとするだろうから、そこを押えるのがいい。リンにはお茶に手を付けない様にあらかじめ言っておけばいいかな」


「ミナって女がまたジュリエットに命令されてやったって言い訳したらどうすんだ?」

「そうだね‥言ってない、言われたの応酬になったら埒が明かないな」


「わたくしが犯人だとされるのは、わたくしのゴードン様への執着ですわ。向こうでジュリエットとして行動している和華にはそれがありません。動機がないのですわ」


 わたくしに動機が無い事が明らかになり、毒物もミナが所持していてミナの方には動機があるとなれば、ミナを追い詰められそうですわ。


 あともう少し何か、ミナの企みだとはっきりした証拠があればいいのでしょうけれど・・。それ以外にも出来る事はないか、和華に伝えておくべき事はないか、と夕食後も3人で話し合いが続いた。



 そして3日後、半月の日がやってきた。


 前回は就寝している間だけ、わたくしは小説の中に戻っていた。向こうでは丸1日だったが、こちらの世界では7~8時間程度の経過だった。だが今回も同じとは限らないため、万全を期して康兄さまがわたくしの様子を(和華の体の様子を)見ることになった。もし朝になってもわたくしが目覚めなければ、康兄さまが誤魔化してくれることになっている。


「こっちの事は俺に任せろ。和華の事、頼んだぞ」

「分かりましたわ。ではおやすみなさい。いえ、行ってまいります」


 康兄さまは消灯して部屋を出て行った。




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