第29話リン視点


 今日はゴードン様に招かれて王宮にやって来た。


 門番の人から守衛さんへ通され、守衛さんが王宮の通行管制室へ案内してくれた。その管制室にゴードン様の身の回りを世話するメイドさんが迎えに来てくれて、緑の応接間と言う場所へ通された。そこへロバーツさんというゴードン様の側近の方が見えてお茶を運んでくれた。


「ゴードン様は間もなくお出でになります。どうぞお茶を召し上がりながらお待ちください」


 それからすぐゴードン様が応接間にやって来た。


「リン、よく来てくれた!」


 ゴードン様は入って来るなり私を暖かく抱きしめた。彼のぬくもりと鼓動を感じる。この人に愛されているなんてまだ夢を見ているようだわ。


「私こそ。お招きいただきありがとうございます」

「王宮だからといって畏まらなくていいんだよ。いつものリンでいて欲しい」


「はい。私もお話したい事があったんです」


 私はアカデミーに泥棒に入ったマギーを自分の侍女にした経緯を、包み隠さず正直に打ち明けた。そして平民の暮らしがいかに厳しいか、更にそれよりももっと貧しく苦しい生活をしている貧民街の現状を訴えた。


 その上で薬草園の構想を説明し、王都の北にある放置された荒れ地が薬草園の有力候補ではないかと話した。


「凄いな、君は素晴らしい人だ。よくそこまで民の事を考えたね。マギーに慈悲を掛けた事もそうだし、やはりジュリエットより君の方が王太子妃に相応しい。妃教育なんて受けていなくともこれだけの事を考え付くのだから」


 ゴードン様は私の手を両手でぐっと握りしめながら、真摯な視線を私に向けた。私の事を王太子妃に相応しいと思ってくれるのは嬉しいけれど、ゴードン様は誤解されているわ。


「ゴードン様、マギーの事は先ほどお話した通り、ジュリエットさんにお願いされたんです。それに薬草園を考え付いたのもジュリエットさんです。私は彼女の熱意に感動してこうしてお話しに来たのですわ」


 思わず握りしめていた私の手を離したゴードン様は瞠目した。


「ジュリエットが考えたのだって?」

「そうです。マギーの家からの帰り道、ジュリエットさんが王都ではなぜこんなに薬が高いのかドクターに質問されたのです。そこから薬草園の構想をされて、マギーが貧民街の北に大きな荒れ地があるのを教えてくれました。そこの開拓から園の管理、運営までを平民で行うなどの事、すべてを考えられたんです」


「ジュリエットが・・」

「はい。ジュリエットさんはとても正義感の強い方だと思います。この国の貴族優先の制度についても色々と考えがあるようでしたの」


「だが‥君はジュリエットに嫌がらせを受けていたね? リンはジュリエットを恨んでいないのかい?」

「嫌がらせを受けていた時は辛かったわ。私は嫌われていると思っていましたし。でも思い起こすとジュリエットさんに直接何かされた事はほんのわずかでした。それに‥」


 それにジュリエットさんが私にああいう事をしたのは‥ゴードン様をお好きだからだわ。


 ゴードン様はジュリエットさんが単に王太子妃の座を欲しているだけで、ご自分に対しては愛情が無いと言っておられたけれど、きっと違うわ。ジュリエットさんがゴードン様を見つめる視線は、ゴードン様が私を見つめる視線と同じ。


 私はジュリエットさんがゴードン様を慕っていらっしゃるのを分かっていながら、ゴードン様を諦めなかった。身を引こうとはしなかった。だから嫌がらせを受けても、それで相殺なのだと心のどこかで思っていたのかもしれない。


 でも今、ジュリエットさんの気持ちを知ったらゴードン様はどう思うだろう? ジュリエットさんとゴードン様は幼馴染だと聞いている。出会って1年ほどの私への気持ちなんてすぐ薄れてしまいそうで本当は怖い。


 でも言わなくては。ゴードン様は知る権利がおありだわ。そうしたら私も正々堂々とゴードン様が好きだと言える気がする。


「それに?」

「ジュリエットさんはゴードン様の事をお好きだと思います」


「えっ」

「私への嫌がらせは単に嫉妬からだと思います。王太子妃の座を奪われると危惧しての妨害ではなく。‥私はジュリエットさんの気持ちを知っていながら、あなたの傍に居続ける事を選択したんです」


 ゴードン様は一瞬言葉を失ったように見えた。でもすぐにいつもの優しい笑みを湛えて言った。


「リン、君は優しいから罪悪感を抱いているだけだよ。ジュリエットから未来の王妃の座を奪ったと感じているのだろう? 大丈夫、私が選んだのは君だし、ジュリエットは私になんの感情も持ち合わせていないよ」


 自らの意思で私を選んでくれた事を、改めて言葉にしてくれたのは嬉しかった。でもジュリエットさんの気持ちをゴードン様は誤解しておいでなのだわ。ジュリエットさんは感情を外に出さない人だから、無理ないのかもしれないけれど・・。


 そこへまた側近のロバーツさんがノックをして入って来た。


「ドレスメーカーが参りました。お通ししてよろしいですか?」

「ああ、頼むよ。リン、今日は君にドレスをプレゼントしようと思って呼んだんだ。ダンスの発表会では不自由をさせてすまなかったね」


 そこからは一切、ジュリエットさんの話は出てこなかった。私は複雑な思いを抱きながら王宮を後にした。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る