第11話和華の世界
「おい和華、着いたぞ。起きろ」
「眠っていたみたいですわ」
「ああ、30分位寝てたな。どうだ具合は?」
「あまりよくありませんわね。あの、申し訳ございませんがドアの開け方を教えてくださいませんか?」
真ん中の兄という人は穴が開くほどわたくしの顔を見つめている。20秒ほども見ていただろうか、その後自分側のドアを開けて見せた。「ここの取っ手を手前に引くんだよ」
外に出ると小さな建物の前にわたくしは居た。
「早く入れよ」
「ここはどこですの?」
「はぁ? お前の家に決まってんだろうが」
これが家ですって?! こんな、こんな小さな建物が? まるで厩番の宿舎みたいだわ。
「母さん、帰ったよ。和華も連れて帰ってきた」
家の中に入る時にも驚いた。なんと靴を脱ぐのだ! スリッパに履き替え、中に入ると狭い空間にソファやら家具が配置されていて見慣れない機械も沢山目に留まった。
別の部屋から母親らしき人物が出てきた。「あら和華、どうしたの? さっき家を出たばっかりじゃない。大学は?」
「具合が悪いんだとさ。和華の友達から連絡が来て迎えに行ってきたんだよ。明らかにおかしいぜ、コイツ」兄は自分の頭をツンツンと指で指しながら母親に言った。
「熱でもあるの?」わたくしの額に手をあてて母親が言った。
「熱はありませんわ」
母親の手がぴくっと反応した。
「な、おかしいだろ?」兄は肩をすくめている。
「やだぁ、からかってるんでしょ二人して!」母親はぷっと吹き出した。
「からかってはおりません、本当に熱はありませんの」
わたくしは真顔ではっきりと答えた。これだけ言えば分かるわね。わたくしは混乱しているけれど熱なんてないわ。
「やだ、どうしよう。ちょっと康之・・どうしよう」熱はないと言ったのに明らかに母親は狼狽えている。
「熱は無い‥お前大学行く途中で頭打ったりしなかったか?」
「それより、わたくしは自分の家に帰りたいのです。どうか助けて下さい」
ヤスユキという兄と母親は顔を見合わせて困惑している。
「と、とりあえずそこに座って。お茶でも入れるわ。もうすぐお父さん達が帰って来るから夕食の支度をはじめないと」
母親は『ヤスユキ』を引っ張って隣の部屋へ行った。何かヒソヒソと話している声が聞こえてきたが、ヤスユキはすぐ戻ってきた。
わたくしがソファに座ると兄が隣に座った。彼がテーブルの上にある小さな機械を触ると目の前にある黒い板のような機械が反応して動く絵が映し出された。スマホより大きな写実的な絵だ。
「まぁ!」絵は動くだけでなく音声まで聞こえてきた。動く絵がしゃべるのだ!
絵の中は病院の様だった・・。
「嫌よーー離して! 私は正常よ。おかしくなんてないわ! どうして私の言ってることを信じてくれないの!? 私はこの世界の人間じゃないの。証拠だってあるわ!」
「そうかい、そうかい。確かにそうだね。君の話をもっと聞きたいから大人しくしくれ」
白い衣類を纏った男性がそのわめき散らしている女の腕になにかをした。すると女はぐったりとしてしまい、拘束され小さな部屋へ閉じ込められて、鍵を掛けられてしまった。
「可哀そうに自分は異世界からやってきたと思い込んでいるんだ」先ほどの白衣の男性が別の白衣を着た女性に話しかけている。
「身寄りもない人らしいですよ。注目されたかったんでしょうかね」
「まぁ判断は医者に任せよう。しばらくはあの部屋から出られないだろうけどな」
ここで動く絵は終わってしまった。また別の動く絵が始まったがわたくしの耳にはもうその音声は届いてこなかった。
(あれは今のわたくしの状況とそっくりではないの! まさかわたくしも病気だと思われてあの小さな部屋に閉じ込められてしまうのでは・・)
わたくしはそうっと隣の兄を盗み見た。兄は手元の『スマホ』を見て何か指を動かしている。と、わたくしの視線に気づいたのか顔を上げた。
「なんだ?」
「あ、あの。ここはわたくしの家なのですわね。でしたらわたくしの部屋はどこなのでしょう?」
兄はすっと立ち上がった。「こっちだ」
案内されて入った部屋もメイドの部屋くらいの大きさしかなかった。小さなデスクの上に四角い機械、本棚には様々な大きさの本があった。
ベッドも小さく狭い部屋だったが、窓からは陽光が差し込んで明るく暖かだった。
わたくしは本棚から1冊本を取り出して見た。確かに外国語なのだが、なぜかそれをわたくしは読むことが出来る。
(これは辞書ね。こっちは小説のようだわ。これは・・絵本なの?)
その絵本はどうやら日本という国の歴史を描いた物らしかった。『漫画で読む日本の歴史』と書いてある。本棚にはそのシリーズが何冊か並んでいたがどれもしばらく読まれた形跡がない。
わたくしはベッドに座って夢中になってそれを読み始めた。絵は彩色してあり文章は子供向けのようで易しく書かれていた。
本に熱中していると家の中がガヤガヤと賑やかになってきた。
「和華~お父さんが帰ってきたからご飯にするわよ。どう調子は? 食べられそう?」
形程度にノックがされドアが開いて母が顔を覗かせた。
わたくしはあの動く絵の女性のように監禁されるわけにはいかない。ここは『ワカ』になりきってなんとかわたくしの国へ帰る方法を見つけなくては!
「もう大丈夫ですわ。お母様、食事に参ります」
「そ、そう。じゃ待ってるわね」
最初に通された居間らしき部屋へ戻るとソファに二人の男性が向かい合って座っていた。更にその隣にヤスユキが座ってスマホをいじっている。一番年嵩の男性が振り返った。多分父親だろう。
「おう、和華。調子が悪いんだって? 風邪でもひいたか?」
「大丈夫ですわ。お父様ですね、お帰りなさいませ」
「ぎゃはははは、やべーわ。親父、こいつ狂ったわ」向かいの男がお腹を抱えて笑い出した。
「とも兄、だから言ったろ。ずっとこの調子なんだって」
「健康ならなんだっていいじゃねぇか。何しろ和華は母さんと俺のいいとこ取りで美人なんだからよぉ、そうやってお上品にしてりゃあ、ほらなんだ、あれみたいじゃねぇか」
「あれって何だよ」
「ほら、どこぞのセフレみてぇじゃねぇか」
ヤスユキが吹き出した。「父さん、セフレじゃなくてセレブだろ」
「おう、それよ」
とも兄はまたゲラゲラと笑い転げている。そこへ母親が食事が出来た事を告げに来た。
「今回の遠洋は大漁だったんだって。今日はご馳走よ!」
食事は食べた事が無い物ばかりで困惑した。パンではなくライスがカップに盛られ、変わったソースをつけて食べる料理が多かった。
そしてナイフとフォークではなくみんな器用に棒を2本使って食べるのだ。これほどまでに違う文化の国があるとは本当に驚いた。そして何が一番かと言えば、魚を生で食べるのだ!
それでも母親が作った家庭料理は暖かな味でおいしく、終始笑いが絶えない食卓はわたくしにはとても新鮮で楽しかった。
箸という2本の棒をうまく使いこなせないわたくしを、父親と智兄ぃは大笑いし、母親は困惑し、ヤスユキは胡散臭そうに見ていた。
でもわたくしが本物の『ワカ』ではないと疑ってはいないようで少しほっとしながら食後は早々に自分の部屋へ引き上げた。
ベッドに横たわりながらわたくしはもう一度この世界に連れて来られた理由を考えた。だが全て憶測の域を出ず、自分の国へ戻る手助けになりそうな事は何も思いつかなかった。そうしているうちにわたくしは眠ってしまった。
あれは‥あれはまさか海!? 海とはこんなに青く広く美しいのね!
プロボスト王国は広い大陸の中央に位置する国だったからわたくしは海を見た事がなかった。でもワカは海の近くに生まれたのね。
あの小さな男の子二人はきっとヤスユキとトモ兄ぃね。走ってきたトモ兄ぃがワカに何かを手渡した。手のひらに目を落とすとそれは美しい貝殻だった。
それを見ていたヤスユキが母親から小さなガラス瓶を貰ってきた。それから3人は砂浜でガラス瓶いっぱいに美しい貝殻を集めて歩いた。
場面が変わった。ここはアカデミーの様な場所だろうか、子供たちが集まっている教室はとても賑やかだ。ワカが兄たちと拾い集めた貝殻が入った瓶をみんなに見せている。そこへ一人の男の子がやってきて
ワカの手からガラス瓶をひったくった。
「へへ、何だよこれそこらへんに落ちてる貝殻じゃんか。貧乏くせぇ」
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