第8話ダンスと弓


 あたしがこの世界に飛ばされてもう軽く2週間が過ぎた。

 アカデミーに通う傍らこの世界について色々と調べてみたが元の世界に戻れるようなヒントはどこにもなかった。


 ただ小説で描かれているよりもっと多くの事をあたしは知った。この王国の成り立ちや国の制度についてもその内のひとつだ。


 この世界は堅固な封建制度が根付いており、身分が絶対で国を動かす重要なポストに平民は就くことが出来なかった。


 日本でいったら戦国時代が終わった後くらいの時代感覚なのかな。平民からは決して貴族になることは出来ない。どんなにお金持ちでも能力があっても平民は平民なのだ。


 でもこういう垣根って国の発展を妨げるんだよね、確か。ここ2百年くらいは大きな戦争もなく平和だから問題なく行ってるんだろうけど。


 さてと次の授業はダンスかぁ。なんかワルツとか踊るんだよね? そんなの踊れる気がしない。あたしの中で踊りって言ったら盆踊りくらいだもの・・。



______ 




 周囲がざわついている。


「えっ」とか「あら、どうされたんでしょう?」「まさかジュリエット様がダンスが苦手なんて・・」

 とヒソヒソと囁き合っている。


 ええそうですとも、あたし運動音痴じゃないけれどダンスはさっぱりダメなのよ。


 ジュリエットの体はステップやターンをきちんと覚えているけれど、それをあたしが再現するとカクカクと動くロボットみたいになっちゃう。音楽とも微妙にずれてる気がする。


 さすがに公爵令嬢のダンスを見て笑う人はいなかったけど、笑いだす寸前。必死に笑いをを押し殺しているのが分かる。


 パンパンとダンスの講師が手を叩いた。


「クレイ嬢、もっと音楽をよく聴いて下さい。音楽をよく聴いてリラックスして!」


 そんな事言われてもなぁ。この相手がいるポーズを取って一人で踊る姿も滑稽だし苦手なものは苦手なんだよ!


「では他の方のダンスをよく見ていて下さい」講師は小さなため息をつきながら言った。


 大抵の女子生徒はそれなりのダンスを披露した。中でもミナが抜群に上手だった。素人のあたしが見ても優雅で身のこなしが素晴らしかった。


「では1か月後の発表会に向けてこれからは毎日ダンスの授業が入ります。みなさん、また明日に」


 授業の後、大きなため息をつくあたしにミナが声を掛けてきた。


「大丈夫ですわ、ジュリエット様。ダンスの発表会は1か月も先ですし、正式な夜会や舞踏会ではありませんから」

「発表会っていうくらいだから参観する人がいるんでしょ? どんな会なの?」


「今度行われる騎士科の模擬戦はご存じでしょう? その模擬戦の上位3名が自分の好きな相手を指名してダンスをするんです。その他の生徒は男女別に列を作って隣り合わせた生徒同士で踊ります。騎士科の上位者はアカデミーの憧れの的ですから、そのダンスの相手に選ばれる事は名誉な事でもあるんですわ」


 ミナは付け加えた。「参観するのは国王陛下御夫妻です。それと何名かの高位貴族の方。クレイ家の方も招待されるのではないでしょうか」


「げっ、私のダンスをあの家族に見られるなんて勘弁してもらいたいわ」

「げ・・?」


「げ・・月曜日だったかしらね、その日は」

「いえ、金曜のはずですわ」

「そうなのね、おほほほ・・」




 それから毎日ダンスの授業があったが、あたしのダンスは一向に上達しない。授業中に周りから感じる気の毒そうな視線がたまらなかった。


 ジュリエットの家族が招待されるせいか、ダンスの講師はなんとかあたしのダンスを上達させようと、あたしばっかり練習させるんだもん、疲れ果てたよ・・。


 毎日の楽しみだったお昼も、さすがに今日は食欲がなかった。


 昼食後一人でアカデミーの中庭をぶらぶらしているとライオネルが声を掛けてきた。


「よっ、浮かない顔をしてどうした?」

「私にも色々と事情があるんです」あたしは冷たく返した。


 ライオネルはやんちゃな次男坊といった小説の設定そのままの性格だった。真面目で優等生の長男ゴードンと違って破天荒で自由気ままでなかなかの問題児らしい。国の行事を勝手に欠席するのは日常茶飯事だと聞いている。


「それならこの間出来なかった弓の腕前を披露するってのはどうだ。ちょっとした気晴らしになるんじゃないか?」

「そうね。いいわ、今度こそあたしに合う弓を持ってきてちょうだい」



 ライオネルが用意した弓は確かに女性でもひける程度の硬さの弓だった。あたし達は騎士科が使っている練習用の的の場所までやってきた。


「さて、お手並み拝見だ」ライオネルは偉そうに腕組みしてニヤついている。


 あたしは弦の具合を確かめ弓を構えた。向こうの世界で使っていた弓とは少し形が違うけれど原理は同じだろうから大丈夫ね。


「へぇ~構えはさまになってるじゃん」からかうようにライオネルが言った。


 あたしはそれを無視して矢を放った。ヒュンっと小気味のいい音がして矢は的に刺さった。だがど真ん中とはいかなかった。


「やるなぁ! 公爵家のお嬢様が弓を射れるなんて驚きだよ」ヒュ~と口笛を吹いてライオネルが目を丸くしている。

「言ったでしょ、弓くらい射れるって」


 その後も何度か矢を放ったがどうも真ん中に当たらない。


「どうも上手く行かないわ」

「いや、全部的に当てるだけで十分すごいと思うが・・まぁその靴のせいじゃないかな」


 ああ、確かに。ヒールは高くないけれど安定感のないこの靴じゃ重心が定まらずブレが生じるのかもしれないわ。


「じゃ明日は靴を履き替えてくる!」あたしが意気込んで言うとライオネルは本当に驚いたように言った。

「明日もやるつもりなのか?」

「そうよ。久しぶりに弓を触ったら確かにいい気晴らしになったわ。明日は放課後にやり・・致したいと思いますですワ!」




  翌日もそのまた次の日もあたしは騎士科の練習場を借りて弓の練習をした。


 3日目になると噂を聞きつけた生徒がチラホラ見物に来るようになった。初めは半信半疑だった生徒もあたしが本当に弓を射る姿を見て仰天していた。


 公爵家の令嬢が弓を射るだけでも驚きなのにそれがまた上手いとなって皆驚いているらしい。あの翌日からは安定感のある靴に変えたから当然よ! 今では放つ矢がほぼ全て真ん中に命中している。


「お前ならパルティアンショットもいけるかもな」

「何そのパル? ショットって」

「俺を初め、騎士科の生徒が練習してただろ? 馬上から弓を射る」


 ああ、流鏑馬(やぶさめ)の事ね。でもあたしは馬に乗れないわ。


「でもあた、私は馬に乗ったことがないわ」

「乗馬は俺が教えてやる。どうだやってみないか?」

「そうね・・面白そうね」


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