第6話アカデミーと取り巻き3人


 こっちの世界に来て2、3日は調子が悪いと言ってアカデミーを休んだ。


 その間にジュリエットの記憶を頼りにあたしは貴族令嬢の真似事を始めた。


 あたしが本物のジュリエットじゃないと見抜かれて屋敷を追い出されたりしたら困るもんね。なんとか無事に向こうの世界に戻れるまで頑張らなくちゃ。


 アカデミーでのジュリエットには、いつもべったりくっついている取り巻きが3人いた。アノン・ピケットという伯爵令嬢と男爵令嬢のロザリン・アガター。最後が伯爵令嬢のミナ・ロバーツだ。


 今日も4人でぞろぞろと行進していると、中庭から続く広い校庭でキャアキャアと女子生徒の嬌声が聞こえてくる。


「何かしら?」


 あたしが立ち止まるとアノンが小さな丸い目をキラキラさせながら言った。アノンは小柄で丸顔、ちょっと目と目の間隔が離れている。 「きっと騎士科の練習ですわ。もうすぐ騎士科の大会ですもの!」


 アカデミーの騎士科は夏の休暇明けのこの時期に毎年クラス対抗の模擬戦大会が開かれるらしい。


 いつもは辛辣で気取った態度のロザリンも興味を示して言った。ロザリンは尖った顎が目立つ、美しい金髪が自慢の長身の女性だ。ロザリンの家は男爵家だがかなりの資産家でもうすぐ陞爵されるらしい。


「面白そうですわね。見に行かれますか? ジュリエットさま」


「そうね、どんな物なのか見てみたいわ」


 女子生徒をかき分けて前に進むと弓術の練習をしている風景が見えてきた。馬上から3つの的に向かって矢を放つ難易度の高い弓術だ。日本で言うなら流鏑馬(やぶさめ)ね。


 今練習している生徒は3つの的のうち、ひとつしか当てられなかった。馬をゆっくり走らせればより正確に当てられるのではと思うが、本番では2列並べての対抗戦になるらしい。だから早さも必要になる。


 次の生徒は3つとも的に当てたようだ。しかもほぼ真ん中らしい。女性の嬌声がひときわ高くなる。


「きゃーっ、さすがライオネル様! 素敵!」「あの真剣な表情がたまらないわぁ!」「去年も1位だったんですものね。今年もライオネル様が1位に間違いないですわ」・・などなど。


 へえ~あれがライオネルか。確かにジュリエットの記憶の中に居た気がする。王族特有の銀髪で明るい緑色の瞳は人目を引き付ける。精悍な顔つきで、スタイルもプロのスポーツ選手みたいだわ。弓術も見事な物ね。


 でもあいつはジュリエットの敵だわ。幼い頃の記憶でもジュリエットに優しかったのはゴードンの方でライオネルはいつもジュリエットに意地悪していたもの。


 アカデミーでも嫌味ばっかり言ってたし、あんな陰険なやつ大嫌い。


 馬から降りたゴードンがふとこちらを振り向いた。あたしと目が合った気がするけど、あたしはプイっと顔を背けてその場を後にした。



 さあて待ちに待ったお昼休み! ここは貴族やお金持ちが通うアカデミーだけあって食事も素晴らしいと小説に書いてあったのよ!


 あっちの世界のあたしんちは漁業で生計を立てている家だからとにかく食事には魚介類が多い! 嫌いじゃないけど、毎日毎日魚だらけだとさすがにうんざりしてくる。


「成長盛りの子供だから肉を食わせろ!」と母に訴えると「魚は体にいいし、あんたみたいなのはDHだか何だかを取って頭を良くしないとだめなんだ!」と来る。DHって何よ? DHって!


 ま、とにかくここの食堂は肉系が中心だからあたしはホクホクよ。


 大きな食堂に入ると窓際の明るい席にゴードンがリンと向かい合って座っている姿が目に入った。 リンは小説にある描写の通り、溌剌とした笑顔がほんとに可愛らしい。

 

 その向かいのゴードンはライオネルとは正反対の頭脳派タイプに見える。ライオネルよりもっと薄い銀髪でブルーグリーンの瞳がとても優し気だ。きっと気性も穏やかであんまり怒ったりしないんだろうな。


 バイキング形式であたしの少し前に並んでいる生徒たちはその様子を見てヒソヒソと噂話をしている。


「やっぱり噂は本当みたいよね」

「ゴードン様がリンに夢中だって話?」


「このまま行けば王太子妃にはリンがなるんじゃないかって憶測まで流れてるわ」

「ほら、あそこ」


「うわぁ、あんな仲良さそうにして。ジュリエット様が見たら大変な事になるんじゃない?」

「あっ」

「リンに何するか分からないわよ! これまでだって酷い事言ったり・・」


 片方の生徒があたしに気づいて顔面蒼白になった。もう片方もそれに気づいて振り返り、あたしを認めるとうつむいて押し黙った。


 周囲の人間もその光景に気付き、空気が凍り付いた。ゴードンとリンを見たあたしが二人を邪魔しに行くに違いないと固唾を飲んでいる。


 でもあたしは二人に構ってなんかいられない。だってお腹がペコペコなんだもの! 公爵家の食事量じゃ全然足りないのよ。


 あたしは好きな物をてんこ盛りにしてトレーに置けるだけの皿を並べた。こぼさない様に気を付けて運ばなくちゃあね。


 あたしがゴードンとリンには目もくれずに離れた席に座って食事を始めたからみんな驚いているようだった。いや、それとも男性顔負けの食事の量に驚いたのかしら?


「さすがにゴードン様の前でリンに当たり散らす訳にはいかないわよ」

「それもそうね。でもこの後が怖いわ」

「リンも怖い物知らずよね」

 

 そんな声が聞こえてくる。


 あたしの目の前では取り巻き3人組がビクビクしながら食事に手を付けている。


 まずアノンが聞いて来た。「よ、よろしいんですの? リンの事」


「何? リンの事って」あたしはとぼけて聞き返してみた。


「ゴードン様の婚約者にはジュリエット様こそが相応しいですわ。リンなんて身分からして不相応なのに」

 

 ロザリンが凄い目でリンを睨み付けている。


「今のあたしにはこっちのほうが大事だからさ、早く食べようよ」


 あたしは目の前の食事に集中したいんだから、ほっといてほしいわ。それに向こうに帰るための方法を探さなくちゃいけない。その前に牢屋に入れられたら大変じゃない。


 ゴードンは勝手にリンと婚約して幸せになったらいいよ。あたしはお茶会なんて催さないから毒殺の件もなしということで。


「そ、そうですわね! まずは食事ですわね」


 アノンが妙に納得して食べ始めた。それを聞いたロザリンも何かに気づいたのかミナと目配せしあっている。




 昼食後は珍しく取り巻き3人はあたしと別行動を取った。あたしは一人で行きたい場所があったからちょうど良かった。


 さっき騎士達が練習していた場所を見てみたかったのだ。何を隠そう、あたしは高校3年間、弓道部に所属してそのうち2年は主将を務めていたのだ。


 あたしが綺麗に並べてある弓を手に取った時だった。


「君が弓に興味があるとは知らなかったな」そう声を掛けてきたのはライオネルだった。

「私の事をよく知っているような口ぶりだ‥ですわね」


「俺たちは幼馴染みたいなもんじゃないか」

「そうかしら」


「それより、弓に興味があるなら打ち方を教えようか?」

「あら、弓くらいあたしにだって射れるわ」


 あたしはそう言ってジュリエットでも打てそうな軽めの弓を物色したが、ここにある物は騎士科の男性用の強くて大きめの弓しかなかった。


 ライオネルは面白そうにあたしの様子を見ている。ジュリエットには弓なんて打てないと思ってるのね。


「私に合いそうな弓がないわ」

「そうだろうな。でもアカデミーの総合訓練場にはあると思うぜ」

「じゃ取りに行きましょう」


 合う弓が無いのを言い訳にあたしが引き下がると思ったのか、ライオネルは意外そうな顔をした。

 でもあたしが歩き出すと「そっちじゃない、こっちだ」と言って先頭をきった。


 総合訓練場は食堂がある棟の裏側にあった。弓は訓練場の横に併設されている倉庫にあるらしい。あたしとライオネルが倉庫へ近づくとパチンと手を叩くような乾いた音が聞こえた。音の方向、倉庫の裏手に回ると取り巻き3人とリンの姿があった。


「な、何をするんですか」頬を押えてリンが動揺している。その頬は赤くなっていた。


「少しは身の程をわきまえなさいって忠告して差し上げたのに、あなたこそその言い草はないでしょう!」

「でも、ジュリエット様はゴードン様の婚約者じゃありませんし、ロザリン様も私と同じ男爵令嬢だと言っただけで・・」

「そっ、それが生意気だって言うのよ!」


 ロザリンがパっと上げた手をあたしが掴んだ。


「ジュ、ジュリエット様。どうして止めるんですか!」ロザリンは振り返って驚いた。


 デジャブだ。この世界に来る前もこんな事があったっけ。


「リンはゴードン様に気に入られている事を鼻にかけてるんですわ!」アノンが息巻いている。

「違います! ゴードン様は誰にでもお優しい方なんです」


「だからってジュリエット様を差し置いてあなたがゴードン様と親しくするなんて身の程知らずだと言ってるのよ!」

「もういいから」あたしはリンには関わりたくないんだってば。


「いいえ! よくありませんわ。どこの王国だってそうです。王族のお相手にはそれ相応の身分の子女が嫁ぐと決まっております。国の官僚だってそうではありませんか。重要な官職はすべて高位貴族から選ばれる事になっています。ここだってそうですわ。いくら金持ちで優秀だからってアカデミーに通っても平民には何の意味のないのに」


「本当に! ミナ様の言う通りですわ」

「リンなんてゴードン様の近くに寄る事すら恐れ多い身分のくせに」


「いい加減にしろぉ! 取り巻き3人っ!」


 あたしは思わず啖呵を切ってしまった。取り巻き3人どころかリンと少し離れて見ていたライオネルまで唖然としている。


「だから‥ゴホン。ですからもういいと言いましたンですわ。リンが言ったように私はゴードン様の婚約者でも何でもないし、リンがゴードン様に気に入られていようがいまいが、私にはどうでもいい事だわ」


「えっ」ミナがさらに驚いている。


「どうでもいいのよ、分かった? それにあんた達も身分なんかにこだわるのはやめたら? アホらしいったら・・もう午後の授業が始まっち‥いますわよ、行きましょう」


 あたしがくるっと踵を返すと不承不承、取り巻き3人も後を付いて来た。ライオネルの前まで来た時、あたしは立ち止まり言った。「弓の件はまた後日にす、しましょう。では失礼します」


 ライオネルは平静を取り戻しニヤニヤしながら返事した。「ああ、楽しみだよ」


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