第4話同情する和華

 ううぅっ・・また涙が出て来ちゃった。


 牢屋でジュリエットの心情が明かされるシーンは何度読んでも泣けるわ。


 それにしてもこの本の主人公のリンは恵まれ過ぎだよ。身分が低いって以外は全て持ち合わせているようなヒロインだもの。


 性格は良くて美人でモテて勉強もそこそこ出来て・・。そ、勉強はそこそこね。あんまり秀才すぎるヒロインはきっとだめなのよね。ヒロインをいじめるこの悪役みたいに。


 でもあたしはこの悪役に同情しちゃうんだな。ヒロインとは違ったクールな印象の美人で頭も良くてプライドが高くて。孤高の人って感じ。


 きっと不器用だっただけなんだよね。小さな子供の頃から厳しい妃教育なんかされるからこんな堅物になっちゃったんだよ。まあ、ねちねちとヒロインをいじめるのは良くないけどさ。


 このヒロインと悪役の性格を考えると『月の女神に愛された』ってイメージなのは悪役の方だと思うんだな、私としては。ヒロインは『太陽の神に愛された』って感じがする。


 人は自分に無い物に惹かれるんだよなぁ。毅然としていて、気高くていかにも貴族令嬢ってイメージなのよね、ジュリエットって。あたしは逆立ちしてもそんな風にはなれないわ。それが目下の問題点でもあるんだけど。


 普段本なんて読まないあたしがこんな本を買ったのは大学で入ったサークルのせいだ。なんとそれは演劇サークル。大学で再会した中学の時の先輩に誘われて入ったのだ。 で、色々あって演技の勉強をしなくちゃいけなくなって、恋愛小説のひとつでも読んだ方がいいと言われたからなんだけど。



 あーあ、それにしても可哀そうなジュリエット。好きな物もろくに食べられないであたしと同じ年で死んじゃうなんてさ。しかも一人孤独に、陽も差さない地下の牢獄で。


 ベッドに仰向けになったままあたしはウトウトとしてきた。この後は確かヒロインが幸せになっていく様子が描かれて終わりなはず。続きは明日読もうっと・・。




_______




 翌日大学へ行くためのバス停に向かっていたあたしは近所の森林公園を通りかかった。

 ここは広い敷地にドッグランや軽い登り坂になったジョギングコースなどがある公園で休日は多くの家族連れで賑わう。


 もうすぐお昼になろうとしているが、ジョギングコースの方から女の子が泣いている声が聞こえてきた。


 バスの時間に余裕はなかったが、気になったあたしは灌木が生い茂るジョギングコースに入って行った。



「あれぇ、私が頼んだのは4万だったよねぇ。これは5千円札だよ、分かる? 5千円札! しかもたった1枚」

「もう今月のおこずかいは全部渡したから・・これしかないの」


「でもぉ、私達は友達でしょ? 友達の為になら4万くらいなんとかしなさいよ」

「だ、だけど先月も6万も渡してるし・・」


「じゃさ、バイトしないよバイト。私達がいいパパを紹介してあげるから」

「クスクス・・パパに可愛がってもらいなよぉ」


 木陰からそっと覗くと気弱そうな女子高校生を4人の女達が取り囲んでいる。

 そのうち2人は同じ制服を着ていた。あとの二人は私服で年も少し上の様だ。4人かちょろいな。


「ちょっとあんた達、そういうのは良くないよねえ」


 突然声を掛けられ4人はビクッと驚いた。

 だがあたしがただの通りすがりの女だと分かるとニヤニヤと笑いながら近付いて来た。


「なんですかぁ~私達は友達と遊んでるだけですけどぉ」

「そうだよ、部外者は引っ込んでな!」


 20代前半位の派手な服装で化粧の厚い女がポケットからナイフを取り出し、あたしに近づきながらすごんでくる。


「その顔に傷をつけられたくなかったら引っ込んでな」


 なんつーありきたりなセリフ。残念だけどあたしがそんな物、怖がると思ったら大間違いだわ。


 あたしはバックパックを手に持ち替え思いっきり振り回してナイフを叩き落とした。

 素早くナイフを蹴って遠くに飛ばしてからもう一度バックパックを振り回す。

 4人の女達の顔や腕に重たいカバンが当たり、女たちは尻餅をついた。


「喧嘩売るなら相手を見てからにしな!」4人を見下ろしながらあたしが言うとナイフを取り出した女の顔面が蒼白になった。


「ま、まさか岸田のねえさんじゃ・・」

「えっ、それってうちの中学で番張ってた伝説の・・」


 えっ、何、伝説って。ただでさえ番張ってるなんて言われて恥ずかしかったのに伝説なんて話になってるの?


「すっ、すみませんでしたっ!」尻餅の状態から土下座してナイフの女が謝った。他の女たちも動揺している。


「ほらっ、あんた達も早く謝りなって!」

「す、すみません」

「ごめんなさい・・」

「すみませんでした」

 

 残りの3人もナイフの女の態度を見てヤバいと思ったのか、さっきまでの態度とは打って変わって頭を下げてきた。


「警察沙汰になったりしたら困るのはあんた達だからね。こういうのはよしたほうがいい」あたしはそう言って、カツアゲされてた女子高生の手を取って歩き出した。


「行こう」


 ジョギングコースを降りると女子高生は立ち止まってあたしに礼を言った。


「あ、あの、ありがとうございました。あの‥き、岸田さんって、その、中学生の時にレディースの暴走族のリーダーを再起不能になるまで叩きのめしたっていう、あの岸田のねえさんって呼ばれてる‥あの‥」


「ああああっ、もうそんな昔の事やめて。あの時はちょっと機嫌が悪かったし、ちょっと顔面骨折と右足を複雑骨折させて薬指の爪を剥いだだけだから。再起不能なんて大袈裟な!」


 女子高生は目を剥いて後ずさりしながら「あ、私はこれで! 本当にありがとうございました」と言って走り去ってしまった。


 まったく、中学卒業してからもう4年は経ってるってーのにいつまでこんなヤンキー扱いされないといけないんだか。ってやばっ、遅刻するじゃん。


 あたしも走ってバス停へ向かい、予定より2本遅いバスに飛び乗った。





 じ、地震だ! ガタガタと小刻みな揺れにあたしは目を覚ました。


「地震だ!」


 でもあたしの目の前に座っている若い女性は控えめに咳払いしながら言った。「珍しいですね、お嬢様が居眠りをなさるなんて」


 はぁ? お嬢様だって何言ってんのこの人。

 そう思いながらよくよく見ると相手は外国人のようだった。そっか、揺れはバスに乗っていたからか。


 この人もあたしと同じ大学に通ってるのかしら。それにしてもおかしな恰好。なにそのワンピース、メイド服みたいなデザインで地味だし裾が地面に着きそうじゃん。


 それにしても随分揺れるわね。ってバスじゃないじゃん。狭い空間にあたしとこの外国人しか乗っていない。座席も硬くてお尻が痛いわ。


 なんだか窮屈さを感じてふと気付くとあたしも随分と派手な服を着ている。何このレースに花柄。これドレスじゃん。おまけにヒールのある靴まで履いて。


 そわそわと落ち着きがないあたしを見てまた向いの女性が言った。


「ご安心下さいジュリエット様。もうそろそろアカデミーに到着します」


 この人は‥あたしの顔を見ながら『ジュリエット様』って言ったわよね? そんな名前を聞き間違えるはずがない。・・あ、そうか! あたしはパンッと手を叩いた。


 演劇サークルか! ジュリエット役を争ってあたしは大塚奈美とオーディションを受けるんだったわ。それにしても今からあたしの事をジュリエットと呼ぶなんて徹底してるわね。


 一人で納得しているあたしを向いの女性はいぶかし気に見ている。


 車が止まった。向かいの女性が扉を開けて先に降り、あたしに手を差し出した。「どうぞ、ジュリエット様」


 勢いよく立ち上がったあたしはまず天井に頭をぶつけた。「あったたたた。ひゃー痛ったぁい」

 頭をさするあたしを先に降りた女性がびっくりして見ている。


 頭をさすりながら扉から降りようとすると今度はスカートの裾を踏んづけてよろめいた。

 が、なんとか扉に手を掛けて転落するのを免れた。


「ド、ドレスを少しつまんで下さい」唖然としながら女性は言う。


 あーそうね、よく見るわねそういうシーン。しかし、よくこんな動きにくい物を着て生活してたもんだわ、昔の人は。


 乗り物から無事降りたあたしは目の前の光景に唖然とした。


 ここは・・絶対日本じゃない。まるでヨーロッパのテーマパークじゃん。目の前の建物は外国の宮殿みたいだし、振り返ってみるとあたしが乗って来たのはなんと馬車! だからあんなに揺れたんだ。


「あの・・ここどこ?」あたしは恐る恐る女性に聞いた。

「ここは王立アカデミーです。ジュリエット様は東門から入るのは初めてでしたでしょうか?」


 王立アカデミー? 東門? なにそれ。あたしは大学に向かうバスに乗ったはずなのに一体どうなってるの? 


 あたしの頭の中は疑問符がぐるぐると渦巻いていた。



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