レッドドラゴンフライ

藤泉都理

第1話 毒虫




 母様は言った。


 木々の葉っぱが赤や黄に染まる時期になると、毒虫が地中から一気に湧いて出たらしい。

 この毒虫が吐く糸に触れた人間は眠ったままになるという。

 母様がうんとちっちゃい頃には、この毒虫で眠ってしまった人間を起こす薬が開発されていたし。

 何より。

 この毒虫を食べてしまう虫が居たから、そもそもこの毒虫の毒牙にかかる人はとても少なかったからしい。


 ただね。

 母様は言葉を紡いだ。


 何故だかわからないけど、この毒虫が湧いて出て来なくなって、この毒虫を食べてしまう虫もこの国から居なくなってしまった。




 きれいだったの。

 とてもきれいだったわ。

 黄昏時だった。

 黄金に染まっていたの。

 田んぼも空もこの虫も。

 今は見られなくなっちゃった、この国の原風景。

 あなたにも見せてあげたかった。


 見られなくてよかった。

 だって、その風景を見るという事は。




「助けて。助けて。助けてよ」


 城から飛び出した姫は泣きながら駆け走った。

 どこに行けばいいかなんてわからず、ただがむしゃらに走り続けた。

 助けを求めるべき存在の名を。

 あの忌まわしい毒虫を食べてくれる虫の名を。

 ただただ、叫びながら。


「助けてよ!レッドドラゴンフライ!」



 








(2023.10.11)


  

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