カップルと二羽の鳥

時間は十五時四十五分。

まぁ、そんなに来店が多い店ではないが、今は二組のお客が店内を見て回っている。

一組は少し裕福そうな恰好をした年配者で、ここ最近の常連さんだ。

もっとも、常連さんと言ってもいつも買ってくれるわけではない。

いつも決まった時間に来ては、三十分ほどじーっとある身本を見て帰っていく。

なんかあれだね。

お金のない学生が、欲しんだけど買えない。でも、あと少ししたら……とか思って店に通っている感じだ。

いや、失礼だとは思うよ。結構な年配者だから。

だけど、あの行動はそうとしか思えないんだよなぁ。

だって、じーっと見た後は、値段見てため息はいて出ていくんだもの。

それが実に二週間近く続く。

最初こそ声かけていたけど、声かけると出ていくので生暖かく見守ることにした。

もちろん、露骨にじろじろとは見ないけどね。

で、もう一組は、三日前に一度来た事のあるカップル。

十代後半という感じだし、少しおしゃれなおそろいの服(多分学生服かなぁと思う)を着ているから学生だろう。

なお、こっちの世界では魔法があり、貴族や魔法の才能が高い子は魔法学校に通わせるらしい。

なぜ、らしいという推測的な言葉が続くかと言うと、実はあまりそっち側にいった事がないからだったりする。

勿論、パトロンと会うために何回か行ったよ。行ったけど、出来れば行きたくない。あんな堅苦しいのは勘弁だ。

その事を遠回しでパトロンに言うと、大笑いされた。

祖父と一緒だと。

まぁ、じいちゃんも職人気質なところがあったからなぁとも思ったが、実際に行ってみてそれだけではないと判った。

だってさ、マナーだ、姿勢だ、ルールだとまどろっこしい。

おかげで、最低限しかあっちに行かなくなった。

まぁ、その方がパトロンとしてもいいらしい。

だが、それでもいろいろ聞かれるらしく、店舗で対応という祖父の時と同じ形に落ち着いたのである。

もっとも、パトロンの意向は強く反映するため、パトロンに敵対する者は出禁となってしまうけどね。

ともかくだ。こっちの学生さんの方は、常連の年配者と違い、二人で楽しく色々話しつつ興味津々で一通り見本を見て回った後、一つの見本で立ち止まった。

その見本は、二歩の鳥が互いに一本の木に止まっているもので、勿論、木は売り物ではないし二羽セットで販売している。

大きさは小鳥ぐらいだが、その可愛さとコストパフォーマンスの良さで、若い人やカップルには人気の商品となっている。

どうやら話し合いがまとまったのだろう。

二人はカウンターの方に歩き出し、常連の年配者はいつも通りの時間にため息を吐き出して店舗の入り口に向かっている。

また明日お待ちしております。

心の中でそう言って年配者に頭を下げる。

そして、カップルの方に視線を向けた。

男性というよりも男の子と言った方が年齢的にもいいだろうが、ここは彼を立てて男性としておこう。

男性は前に出ると声をかけてきた。

「すみません」

「はい。何でしょうか?」

まぁ、愛想のいい笑顔まではいかないものの、営業スマイルらしいのは出来たと思う。

男性は少しぎょっとした表情をしたものの、それでも口を開く。

「実は注文をお願いしたいんですが」

心なしか声が震えている。

おい、そんなに怖いのかよ。

思わずそう聞きたかったが、敢えて我慢する。

そういや、パトロンからは無理して笑うなとか言われてたな。

でもさ、笑顔で対応した方が……。そう思いかけたけど、こんな対応されるなら、そろそろ考えた方がいいのかもしれない。

悔しいけどさ。

と、おっとおっと思考が別の方に走り出したので手綱を引き寄せ直す。

そして、記入してもらうための用紙とペンを用意した。

「えっと、どれですかね?」

勿論、わかっている。あのペアのやつだよね。でもさ、確認は必要だからさ。

そんな事を思いつつ聞くと、男性は見本の方を指さして言う。

「11番を御願いしたいんですけど」

「ああ、あれですね。それではいくつかお聞きしてよろしいでしょうか?」

「はい。お願いします」

「まずは色なんですが……」

基本、ここではガレージキット単品では販売しない。

注文を受け、いろいろ確認し、完成品を渡すという形になっている。

なんせ、あっちの世界には、レジンキットを作る道具も接着剤も塗装する塗料もない。

もしかしたらあるかもしれないが、プラモデルも作った事のない人がより難易度の高いガレージキットを作るのは難易度が高すぎる。

それにあっちの世界では、趣味で模型を作るという習慣はない。

では、なぜ、完成品であるガレージキットが買われているのか。

理由は二つある。

一つは美術品やインテリアとしての価値。

それともう一つは、使い魔として使うための媒体として使うためだ。

以前は、石像や木がメインであり、祖父は木の彫刻でそれをやっていたらしい。

だが、自分にはそんな事は出来ない。

だから、パトロンと初めてあった時、これしかできないと完成品のガレージキットを見せると、パトロンはかなり驚いた後に魔石を埋めて作れるかと聞かれた。

「ええ出来ますよ」と答えると、では作ってくれと依頼を受け製作。

で、その結果、レジンで作ったガレージキットはかなりのよかったらしい。

すぐに祖父の後を継ぎ、店舗を開けと言われたのだ。

どうも、石や木よりも、レジンの方が魔法の伝導率が高いらしく、またより本物に近い形の方が能力は高くなるらしい。

おかげで、話はあっという間にまとまって(正確に言うと反論する暇もなく決められたというのが正しいが)、店舗を引き継ぐことになってしまったのである。

そして、どうもパトロンが手にした使い魔の出来が良かったのか、あれよあれよという間に店の方も話題になり、お客がボチボチと来るようになって、今の所は週に二~三件の依頼を受けて製作するという形で落ち着きつつあった。

なお、価格はパトロンの意向が強く出され、自分は向こうの物価や貨幣の価値もわからないのでお任せという形になっている。

で、見本の写真や色見表などを見せつつ色などを決めた後、最後にもう一つ聞く。

「カスタマイズしますか?」

そう。別料金で簡単なカスタマイズが出来るようにしているのである。

そうする事で、自分だけの使い魔、オンリーワン感が出る為、結構頼む人は多い。

「ええ。お願いします。えっとですね……」

少し恥ずかしそうに男性が頭を掻きつつちらりと彼女の方を見る。

彼女の方もじっと男性を見ている。

二人共頬が少し赤い。

ええーーーいっ。さっさと言いやがれっ。

思わずそう言いたい心境になったがグッと我慢。

リア充、爆発しろ!!

そう心の中で思うだけにしておこう。

「ではどういう感じになさいますか?」

そう聞くと、男性は口を開く。

「両方の鳥の首に小さなネックレスを付けて欲しい。それで、赤い方には『O』、蒼い方には『K』と刻んで欲しいんだ」

あ、はいはい。お互いの名前の略ですね。

くそぉ。羨ましくなんかないやい。

もちろん、そんな事は帯にも出さず「かしこまりました。では、こちらにサインを御願いします」と言ってさっきまで書き込んでいた用紙をペンと一緒に相手に回す。

書いているのは日本語だが、契約に使われる魔法のかかった用紙なので、相手には相手の言葉に見えているはずだ。

男性はざっと確認した後、女性にもそれを見せる。

女性が見終わると頷き、男性に用紙を戻した。

そして、男性がサインする。

これで契約成立だ。

「では一週間後にご来店ください。それまでには完成させておきますので」

その言葉に、二人は顔を見合わせた後、嬉しそうに微笑んで、こちらに頭を下げる。

「「よろしくお願いします」」

「いえいえ。こちらこそ、よろしくお願いしますね」

そう言って頭を下げる。

そして、楽し気に笑いつつカップルは店舗から出ていった。

それを見送りつつ、時間を見る。

十六時十五分を過ぎたところだ。

店の閉店は、十七時。

あと、四十五分か……。

今日は、もうお客様はこないな。

そう判断し、店内を片付け始める。

それと同時に今日の夜から製作を開始するカップルの依頼品のガレージキットを取り出す。

他に予約はないから今夜から始めれば四日程度には終わるか。

そんな事を思いつつ気が付くと十七時を過ぎていた。

では今日の営業はお終いとするか。

ドアにまず鍵をかけて、上にかかっている鐘を外す。

そして、鐘はカウンターの上に置くと戸締りを再度確認する。

もっとも、あっちとの繋がりは鐘を外して切れたし、なによりここは三階だ。

その上、ここは自分以外は住んでいない小島なのだ。

戸締りする必要はないと思うが、それでも何かあったらたまったものではない。

だからきちんと戸締りをする。

そして、依頼品の引き渡しの時に受け取った依頼金を金庫に入れる。

パトロンが来た時、引き換えるまでは、金庫の中だ。

よし。終わったーっ。さて、飯でも作るか。

さて、今日は何を作るかな。

そんな事を思いつつ、生活空間のある二階に降りていく。

もっとも、この後は夕食の後に依頼品の製作、その後風呂、そして就寝という流れなので、寝るのは夜中の一時か二時くらいになるが、いつもそんな時間まで起きているので苦にはならない。

それどころか、この生活が楽しくて仕方ない。

祖父に感謝だ、本当に。

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