第10話 一番やばいのは!? 魔王は勇者の成長に慄く
あれから10年。
わたしと、18歳になったテリーは、旅立って程なく辿り着いた最初の町パルキリウスに、そのまま身を寄せていた。
この町は、王都から続く主道の終着点に位置し、背後にはゴルディア峡谷を内包する樹海が広がる。峡谷から一番近いこの町は、外縁をぐるりと囲んだ障壁のすぐそばにまで、頻繁に魔獣が出没するから、魔獣を討伐する領主直下の辺境兵団が設けられ、各地から腕に覚えのある冒険者らが集う。辺境兵団も、冒険者も目的は同じく、魔獣素材確保と拠点である町の防衛だ。
凶暴で、人々の生命を脅かす魔獣は、金属並みの強度を誇る牙や骨を持ち、皮革や毛皮も独自の光沢や色彩を纏うだけでなく、瘴気を防ぐ効果をも持つ。すなわち優れた素材にも成り得るのだ。他領から引く手数多の特産品として高値で取引されており、王都の貴族たちの間では持つことがステータスとなるほどの人気だ。だから、一獲千金を夢見て腕に覚えのある者が、引っ切り無しにやって来る。
だからと言って、荒くれだらけの粗暴な町かと問われれば、そんなことはない。兵士や冒険者らと同じくらい、魔獣素材を扱う商人や、財力を上げて
魔獣を倒せば倒すだけ財を手に入れられるわかりやすい社会構造の町は、活気にあふれている。町に根を張る貴族は、資産を増やすため腕に覚えのある者をどんどん雇用したし、腕の立つものはソロでの討伐に邁進した。だからこそ素性のはっきりしないわたしたちでも、暮らすことができた。当初は、確かにそれが都合よかった。
わたしは今、町に一つだけ建つ神殿の前で、討伐から戻るテリーを待ち構えている。
「テリー様! 討伐お疲れ様です、このハンカチを是非お使いください。思いを込めて、雄々しいテリー様にぴったりな大鷲を刺繍しましたの」
「テリー様、私の愛情を込めて、甘い甘い焼き菓子をつくりました! 食べてください! 私もっ……なんて、うふ」
「そんな物よりも、お疲れでしょう? 我が家の晩餐に是非お越しくださいませ! お部屋もご用意しますから、ゆっくり休んでいかれると宜しいですわ」
「テリー様!」
「テリーさまぁ!」
道の向こうから、ご令嬢や町娘の団子が近付いてくる。しかもテリーの名前は聞こえるけれど、彼の姿は一向に見えない。いつものように、肉食女子に群がられているのだろう。――魔獣に囲まれた過酷な地域では、そこに住むヒトも生存本能が逞しく発達するんだろうか。ヒトでない「わたし」にはわからない。
「ちちちち」
彼らの頭上を素早く飛び去った小鳥が、からかうように歌いながらこちらへ向かってくる。この小鳥がついさっき「テリーが大変だから、迎えに出た方がいい」と告げてきたのは、この団子状態を見たからなんだろう。確かにこれは大変だ。だからと言って、わたしが出たところでどうにか出来るものなのか、甚だ疑問なんだけど。
「ちちゅ ぢぢぢぢぢぢっ(テリーったら、すごい仏頂面。氷狼も尻尾を巻いて逃げる冷やかさだよ)」
小鳥が囀り、わたしの頭上に輪を描いて飛ぶ。ヒトの姿を取っているわたしに、彼の姿は見えないけれど、空飛ぶ鳥には見えているのだろう。鳥や動物、そして魔獣は、こうしてわたしに色んな情報を伝えてくれる。
「あのね、年頃のヒトのお嬢さんは、その冷淡な様子も、クールで格好良いわぁ~~! なんて盛り上がっちゃうみたいよ?」
「ぢぢっぢちゅ ちゅぴぴっ ぴぴゅちちちぢゅ(なにそれ趣味悪~い。住処も食べ物も用意して尽くしてくれる相手が良いに決まってるのに)」
「目の付け所はいいと思うわ。だってテリーは町一番の腕前で、一番の稼ぎ頭なんだから」
「ぴーぴゅーぴぴ ちちぢっぢぢぢちち(うーそーだー ガルシアの方が強いくせに)」
「それはナイショなのよ」
「何が内緒なの?」
ひゅ……と息を吸って身体を反転させたわたしの目の前に、突然その場に出現していたテリーの笑顔が飛び込んでくる。お嬢さん方が「きゃぁっ」と華やいだ声を上げつつ、頬を赤らめるけれど、わたしはサァッと血の気が引く。
「いつの間に背後に回ったの!?」
「ぼんやりしてるガルシアは、やっぱり俺がしっかり見てないとだめだね」
こちらの恐怖心などお構いなしに、爽やかな笑顔を浮かべるのは青年期に差し掛かったテリーだ。出会った時は、身体も出来上がっていない幼体だった彼は、今では全身に均整の取れたしなやかな筋肉を纏い、中性的な危うい美しさを身に付けている。しかも、幼い頃からわたしに危機感を抱かせていた、得体のしれない強さは健在どころか、更に磨きがかかっている。
相変わらず動きの先は読めないし、気付けばすぐそばに接近している。――こんな奴が本気で魔獣を蹂躙し始めたら、あっという間に根絶やしにされてしまう。それじゃあ、わたしが食べる楽しみが無くなってしまうから阻止するべく間近で目を光らせているのだけれど。
「正直、勝てる気がしないわ……」
「ガルシアを傷つける奴は、俺が排除するから問題ないよ。ね?」
俯いて、絶望の溜息をつくわたしにピタリと寄り添い、口元に笑顔を浮かべながらも、周囲に鋭い視線を投げたのだろう。それまで、わたしに鋭い視線を向けて来ていたお嬢さん方が「ひっ」と短く息を飲む。
「ちっがーう! 一番やばいのは、そう言うテリーだから!!」
「わかった、わかったよ。もぉ、ガルシアには叶わないなぁ」
心の底からの訴えをぶつけたわたしに、テリーは「降参」とばかりに両手を上げつつ笑顔を浮かべる。
いや、何かが違う。
困惑するわたしをよそに、今日もお嬢さん方は「きぃぃっ、絶対にテリー様を振り向かせますわ!」「きっと、あの笑顔は私のものにしてみせますから!」などと捨て台詞を残しながら、立ち去って行くのだった。
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