秘密

 

 ベアトリーチェの葬儀は、しめやかに執り行われた。ティルマンをはじめ病院の関係者らはダンテを慰め、彼女の屋敷に勤める者たちは皆一様に涙ながらにダンテに感謝した。彼女の父親のブランケは心ここにあらずといった様子で、娘の死に対して現実味を感じていないようだった。冷たい土の中に彼女の棺が納められた時、少し離れた所からそれを見ていた人物がひっそりと涙を流していた。葬儀が終わった後、ダンテはベアトリーチェと過ごした小さな部屋に閉じこもり、ひとり静かに喪に服していた。彼女との思い出を何度も頭の中でめぐらせ、無力な自分に絶望し、結局は何の役にも立たなかった知識に憤りを感じた。こんなことになるのだったら、ずっと彼女のそばにいてやればよかった。どうあがいても自分に彼女は救えないのだから。過去の自分に対する憎しみが日に日に増えていった。そんな日々を送っているうちに、ダンテは自分の中で囁く悪魔の声に耳を傾けるようになっていた。


『君が大人になって、それに気づいたならば……私ならば、いや、それは私にしか解決できないことだ』


 ダンテは悪魔の言葉の意味を考えた。ルカにしか解決できない事、まず初めに思い浮かんだのは金だった。しかしすぐに自分の考えを否定した。金のことだとしたらそれはルカ以外にも大勢いる。ルカはもっと違う意味の何かを自分に伝えたかったはずだ。ダンテはもっと新しい記憶を手繰り寄せ、さらに考えた。


『私設の研究チームで極秘のプロジェクトを……新たな生命を授ける……』


 おそらくそれは真実ではない。では、あの時ルカは嘘を言っていたのか。それもすぐに否定した。おそらくは大筋の事は本当のことだったはずだ。嘘はほころびを生む。ルカならばそれを嫌う。理由はそれだけで十分だった。では、真実はどこにある?圧縮された記憶を広げながら、ダンテはさらに記憶を辿った。


『人体を部分的に機械によって……さらに研究が進めば……』


『……造り出されるようになるだろう』


『私は人間を造りたいと思っている』


「まさか……」

 戦慄が走った。その言葉をどちらの意味で捉えたとしても、そこから話す内容は嘘にはならない。ダンテが悪魔の考えを完全に理解したその時、来客を告げるチャイムが鳴った。閉じこもっていた部屋から出たダンテは玄関まで赴き、ドア越しに相手の名前を読んだ。

「……マグノリアか?」

「……どうしてわかったの?」

 ルカが悪魔だとすればマグノリアは悪魔の手先だった。ダンテは警戒しながら相手の出方を待った。

「中へ入れてくれる?」

 ダンテは思案した。彼女を今すぐに追い返すべきか、それとも招き入れた上で叩き返すべきか。

「ねえ、お願い。大事な話があるの」

 ドア越しのマグノリアがすべての秘密を握っている。思い至ったダンテが意を決してドアを開けると、マグノリアは何かから逃げるように素早く部屋の中へと潜り込んだ。

「早く閉めて。ここに来ているのはおじ様には秘密なの」

 怯えるように、マグノリアはそう言った。





 カーテンを閉め切ったままの薄暗い部屋の中で、ダンテとマグノリアは小さな机を挟んで座っていた。

「……ルカには秘密でここに来ているって、本当?」

「本当よ」

 ダンテは混乱した頭の中を整理した。彼女の言っていることが本当だとすれば、自分の警戒は無意味で真実も考えていたものとは違う可能性もある。反対に彼女の言っていることが嘘だとすれば……。そこまで考えてダンテはマグノリアが泣いていることに気が付いた。

「……どうして泣いているの?」

「だって、私の……友達だから」

 マグノリアはそう言いながらボロボロと涙をこぼした。彼女の言う『友達』とは自分の事だとダンテは思った。だが、彼女の涙の意味はダンテの思っていたものとは違う意味のものだった。

「ベアトリーチェは……私の友達だから……」

「……え?」

 マグノリアの放った言葉はダンテをさらに混乱させた。

「私ずっと……あなたが、ベアトリーチェの所に帰る前の日まで、ずっと……彼女と会っていたの」

 灰色の瞳を湿らせ、マグノリアが秘密の告白を始めた。





 ティルマンとルカ、二つの脅威に挟まれたマグノリアはベアトリーチェの病室へ戻ったあと、彼女の前で泣き崩れた。

「……ごめん……なさい」

 手詰まりに陥ったマグノリアはベアトリーチェに対してひたすらに泣きながら謝罪をした。ベアトリーチェはそんな彼女の様子に困惑し、すぐに自分のするべきことを見つけ出した。

「ねえ、マグノリア。ちょっとこっちに来て」

 機械に繋がれている間、自分からは動けない彼女はマグノリアにそう頼んだ。

「私の手を握ってくれる?」

 這うように自分の元へ進み出たマグノリアに、ベアトリーチェは優しく声をかけた。マグノリアは言われるがままにその手を握った。

「大丈夫、大丈夫」

 天使の羽根がマグノリアの手を包み込んだ。マグノリアは心の中の膿を落とすように、さらに泣いた。天使はそんな彼女を優しく抱きしめた。

「……もう、ここには来ないわ」

 しばらくした後、以前よりも少しだけ瞳に強い光を宿したマグノリアが言った。

「そんなの嫌」

 ベアトリーチェの言葉は簡素なものだったが、だからこそマグノリアの魂に響いた。

「仕方ないの。私、あなたのこと好きになっちゃったみたい」

「まあ、嬉しい。私もよ、マグノリア。私たち、もっと仲良くなれると思うの」

「……ダメなの。あなたに許してもらおうとは思わないけど、最後に私のしようとしていたことを聞いて」

 マグノリアはベアトリーチェに、すべてを打ち明けることにした。


「すごいことをしているのね。もし本当にそんなことができるなら、私はあなたに協力したいわ」

「……あなた、本気?」

 全てを聞いたベアトリーチェは、マグノリアに自ら協力を申し出た。

「だってそうじゃない。私が死んだあとでも、もしかしたら私とダンテの子供が生まれるかもしれないんでしょう?」

「それは……そうだけど……」

 マグノリアの心情は複雑だった。ベアトリーチェの言った事こそが、ルカがダンテを手駒にするための脅迫材料のひとつとなっていたからであった。

「私たちの巡り会わせはきっと神様の思し召しよ。それに、あなたとたった三日でさよならなんて嫌。ねえ、マグノリア。お願い……」

 宝石のような瞳がマグノリアの灰色の心を照らし出した。

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