俺が推しで推しが俺で

檸檬

第1話「推し」


「……ただいま、」


 彼女の江住えすみたまきの推しはまごうことなきなのだが…



「はーやっばい、ちょーかっこいい、雪也ゆきや♡」


 雪也=俺、朝宮あさみや由紀ゆきにも関わらず、帰ってきたことにさえ気付かない程、画面の中の雪也に釘付けな環の姿がそこにあった。


「環〜?」


 環の隣へしゃがみ込み声を掛けてみるが、一向にキラキラした視線はテレビへ向けられたまま。


 さすがにイライラして、環の両頬を手で挟み無理矢理こっちを向かせると、俺よりもイライラした様子の環とようやく目が合った。



「………なに」


「なに、じゃねぇよ。ただいま」


「あーうん…」


「は、反応それだけ?」


「…それ以外ないよ」


 環は俺の手を払うと、プイッと顔を逸らし再び視線は画面へ戻っていった。



 部屋には雪也のグッズなどが雪崩れのように散乱しており、所々にどこで買ったか分からないようなグッズまである。


「環、これお前どこで買った?」


 その見たことないグッズをつまみ上げ環に聞くと「非公式」とテレビの画面に掻き消されそうな小さな声が返ってきた。


「…はぁ、非公式って……」


 やっぱりな回答に落胆すると、テレビを消した環は立ち上がり俺の元へやってきた。


「仕方ないじゃん、可愛かったんだもん…!!」


「いやダメだろ。これ買ったってお前の推しは1円も儲ってないんだよ?」


「………それは、謝る…」


 妙に素直な環が可愛くて、環に触れようと伸ばした手は環によって阻止された。


「……謝るのはにだから…。由紀にじゃないよ」


「………」


 ……あぁ、もう本当に…。




 元を辿れば、俺が環と出会った頃からこうなることはなんとなく予想がついていた———。


 環が国民的アイドルの桜井さくらい雪也を好きになったのは中学生の時。当時17歳の高校2年生だった俺は華々しいデビューを飾り既にメディアに引っ張りだこ。将来期待の新星スターと呼ばれかなり天狗になっていた時期に、親友の妹だった環と出会った。


 環は天狗になっている俺を見るなり「は…こんなの雪也じゃない」と言い放ち、まるでゴミを見るような目で俺を睨んだ。


 当時の俺はチヤホヤされるのが当たり前だったのもあり、環のその態度にガツンと鈍器で殴られたような衝撃を受け、気付けば一瞬で環にハマっていった。


 だから告白したのも俺、環の高校卒業と同時に同棲しようと誘ったのも俺。



 だから、想定の範囲内だと思えばなんてことない…


「雪也、ごめんねぇぇ!!!!」


「…はぁ、」


 だけど、さすがにこれはキツイな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る