この鼓動の正体
「……ねぇ、なんかこの構図に既視感を覚えるんだけど」
「あら、そう?」
クロエとモモが「どこに敵がいるか分からないから」と、部屋で食事を取れるよう準備をしている頃。
ハルカはソファーの上……というより、レイラの膝の上にてしっかりと抱き締められながら、諦めたような遠い目を浮かべていた。
「あとさ、さっきから心臓の音がすっごい伝わってくるんだけど。恥ずかしいなら過度なスキンシップやめなよ、シャイガールさん」
ドッ、ドッ、ドッ、と。
先程からふくよかな感触と一緒に背中に伝わってくる心臓の音がうるさい。
加えてどこか異様に体温が高い気もしていて、ハルカは抱き締められながら「苦行中?」なんてことを考え始めていた。
「……そういうんじゃないと思うのよ」
しかし、恥ずかしがり屋とは裏腹に、レイラはハルカを抱き締める力を強くする。
「恥ずかしいとは感じないし、離れたくないって思っちゃう。心臓はハルカくんといる時だけこんな感じだし、一緒にいるとふわふわするの」
「……病気?」
「そうなのかしら? 分からないから、こうしてちょっと確かめているのだけれど」
―――余談ではあるのだが、レイラは過去一度も恋愛というものを体験したことがない。
容姿が整いすぎている弊害だろう。
エルフの森の中でも、外の世界に出てからも、数多の異性に言い寄られてきたレイラ。
向けられる一方的な愛には耐性があり、それがどんなものなのかも寄ってくる異性が教えてくれた。
だからこそ、自発的な愛に関しては誰も教えてくれなかった。というより、向けられることへ慣れたことにより自分から向けるものだということすらあまりピンときていない。
「風邪を引いた感じはしないのだけれど……」
「僕個人を見て発症する病気って、色んな意味で恐ろしいの一言だよね」
───きっと、この場にクロエかモモがいれば「お前らマジか……」なんて、冷たい目で見られていただろう。
まぁ、仮に第三者が口に出して教えてくれたとしても、恋愛経験皆無な二人が気づくわけもないが。
「そういえば、探しものの方は大丈夫だったの? 今思えば、勝手に船出しちゃったけど……」
ふと、ハルカは気になって尋ねてしまう。
すると、レイラはすぐに沈んだような顔になり───
「……うん、もういいの」
「えっ?」
「よくはないけど、私にそんな資格があるのかなって思っちゃって」
レイラの言葉に、ハルカは首を傾げる。
「……というより、そもそも私は生きてていいのかなって」
「な、なんでそんなこと言うの……?」
「巻き込んだハルカくん達には申し訳ないけどね」
先程の話とは打って変わっての話。
───死んだ方がいいかもしれない。
決して容認できない言葉だ。だからこそ、ハルカは突然のことに思わず動揺してしまう。
「……私ね、人を殺したことがあるの」
しかし、それ以上の言葉でレイラは話を続ける。
「大事な人だったわ……私の背中を押してくれて、支えてくれて、一緒に笑ってくれた人。今の私があるのは、その人のおかげ」
「そ、それがどうし───」
「けど、私はその人のことを見捨てて生き残っちゃった」
レイラの頭の中に思い浮かぶ、森を抜けた時の景色。
初めて見る世界、高揚するはずだった未知。
だが、その際感じたのは───胸が締め付けられるほどの痛みだった。
「それなのに、私はその大事な人の名前も顔も思い出せない。つい最近教えてもらったけど、私の魔術が私に作用したんだって」
「………………」
「笑えてくるでしょう? 大事な人を見捨てたことを忘れて、苦しまないようにした結果が中途半端。名前も顔も思い出せないのに、何があったのかは覚えているの」
だからこそ気になった。知らなきゃいけないと思った。
思い出せないから、思い出せるように過去の自分を見たかった。
あぁ、割り切った。
時の流れというのは本当に恐ろしい……あの時の苦しさが、すっかり割り切れてしまった。
でも、思い出さなきゃいけないと思って。
意識してもう一度魔術を使おうと思ったけど、使い方が分からなくて。
だからこそ、過去を閲覧できる魔導具を探し求めていたのだが───
「……船に、乗りたかったの」
もう会話は成立していない。
言いたいことを、ただ吐き出すように並べているだけ。
脈絡も、意味合いも読み取れない。
そう分かっていても、レイラの口から零れ出る。
「私が商人になって、いっぱい稼いで、いつか大きな海を私の買った大きな船で見てみたいって……」
今度は口ではなく、レイラの瞳から徐々に涙が零れ落ちる。
「だか、ら……私はこの客船で、最後の日に……こんな凄い船を買ったんだって……こんなに客を集められるぐらい立派な商人になったんだって……言いた、くて……ッ」
───ようやく、レイラがこの旅行にこだわっていた理由が分かった。
思い出せないけど、大事な人の夢だから。
自分のせいでいなくなってしまった誰かに、どこかで見ていると信じて言いたくて。
どれだけ自分の身が危険に晒されていようとも、それだけは成し遂げたかった。
しかし───
「……よく考えたら、私にはこんな資格はないのよね」
───大事な人の妹が現れてようやく。
長きに渡る贖罪は、単なる自己満足で己をさらに最低だと示しているだけで。
殺しただけでなく、なかったことにしようとした自分にそんな資格はないのだと、気付かされた。
「強いて我儘を言うんだったら、私はあの子に殺されたい」
レイラはハルカを抱き締め、
「ハルカくん……最後のお願い、聞いてくれないかしら?」
私の全部をあげるから、と。
そう言って、幼い男の子へ切なるお願いを吐露した。
そして───
「ふざけんなよ」
───ハルカは、抱き締めるレイラの手を振り払い、
「そんな我儘、僕が叶えるわけがない」
我儘に生きてきたハルカは、生まれて初めて誰かの我儘を否定した。
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