厳禁
ハルカはレイラとのやり取りを思い出していた。
確か、自分の命を狙うのは西の大陸で名を挙げ始めた『グレイス商会』とやらではなかっただろうか?
そして、目の前にはどうしてか───
「あの、もう一度名乗っていただけると……」
「妾を知らないのか!? 妾はいずれ大陸最大の商会となるグレイス商会の商会長───グレイゼじゃぞ!?」
「………………」
…………。
………………。
………………………………ふむ。
「(よし、クロエ。こいつ捕まえて裸に剥いたあと吊し上げよう)」
「(流石は坊ちゃん、捕縛だけでなく公衆の面前で視界汚染の醜態を晒させようとするとは、恐れ入ります)」
だって、レイラの命を狙っているのはこいつだし、と。
ハルカは小太りな男を目の前にして、クロエへとアイコンタクトを飛ばした。
「(しかしながら、恐らくそれをしてもさして意味がないかと)」
「(え、どうして? だって、こいつがレイラの命を狙っているんでしょ?)」
「(グレイス商会は、かつて先代より築き上げた商会で、現会長はただ継いだだけのお飾りです。実のところ、今のグレイス商会があるのは類い稀なる手腕をお持ちの副会長様なのだとか)」
ということは、実際に運営しているのは目の前の小太りな男ではなく、別の人間。
確かに、言われてみればネタを掴まれているはずなのに、わざわざレイラ達のいる行程内の観光地に足を運ぶなど「捕まってください」と言っているようなものだ。
もしかしたら、お飾りなこのグレイゼとやらはレイラを殺す殺さないをそもそも知らない可能性がある。
「(え、こいつを使って脅せば退いてくれんじゃ?)」
「(すぐに脅迫にシフトできる思考……流石は坊ちゃんです)」
ようやくクズっぽい要素が自然と滲み出てきたハルカであった。
「(ですが、この賭博場内での暴力はご法度。殺るなら外に出てからにしなければ)」
「(うん、そういえばそうだったね。でも、僕は殺る方向では一切動く気がなかったんだけど知ってた?)」
肩にぶつかった。
たったこれだけで激昂したグレイゼを他所に、二人はアイコンタクトを続ける。
すると───
「き、貴様ら……妾を無視して見つめ合うとは、いい度胸しているじゃないか!」
まぁ、案の定さらに怒ってしまうわけで。
グレイゼは後ろに控えている部下と思わしき黒服の男二人に向かって言い放った。
「おいっ! こいつらを捕まえろ!」
「で、ですがっ! この賭博場では暴力はご法度でございなす……!」
「知るか! そもそも、妾は呼ばれてここに来ただけじゃ! ルールもご法度も知ったことか───」
そして、
「あ、じゃあチキンな横の代わりに私が殺ってやるですぅ♪」
サクッ、と。
もう一人の黒服の男手から一本のナイフが。
そのまま、グレイゼの胸に突き刺さった。
「………………ぁ?」
「なんだよぅ……そっちが暴力構わん殺ってくれ! って言ったんじゃん。そんな阿呆面されても、こっちが困っちゃう♪」
男───とは似つかわしくない、若い女性の声。
綺麗な笑みを浮かべ、何が起こったのか理解していないような顔で崩れ落ちるグレイゼの姿に向かって、女性は言い放った。
「厳禁? 上等! こちとら大陸で指名な手配を受ける極悪人だぜッ!」
───静寂が会場を包み込む。
周囲の視線は、小太りな男の重量感ある音によって集められ。
床に広がる赤い液体が、ようやくの状況を理解させた。
『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』
誰かの悲鳴が響き渡る。
そのせいで、色んな人間が賭博場から逃げるように出口に向かって走り出した。
『な、なんで人が刺されたんだ!?』
『退け! 俺はこんなところで死にたくない!』
『ちょっと! 私が先に逃げるのよ!』
『お、おいっ!? なんで出口が開かねぇんだよ!?』
暴力が禁止されている場所で、暴力が起こった。
だからこそ、賭博場にいた人間はパニックになり、一斉に人が駆け回り始める。
その中で───
「ちょっと! そこのお二人さん! あなた達とは初対面じゃないでしょ!? 同じ阿呆面見せてどうしたのウケるッ!」
いや、だって。
変装の才能を持った女性は、魔術がないと変装できないんじゃ───
「ばっかねぇ……魔術が変装のすべてじゃないでしょうに」
黒服の男は、そのまま髪を取り……顔の皮膚さえも取った。
赤黒い液体が地面に落ちる中、そこから出てきたのは……見覚えのある、キャルルの顔。
(クソッ、盲点だった……ッ!)
確かに、キャルルは変装の達人だ。
才能を下に作られた魔術は、大陸で指名手配を受けるほど脅威となっている。
だが、そもそもの話。
一般的には、変装は成りすますことを意味しているのであって、一人の魔術に対して指している言葉ではない───
「さぁさぁ、会場はパニック! これからおもしろおかしな執行人さんもご来店! 君達はこのまま逃げる? それとも私を捕まえる!?」
キャルルは声高らかに、懐から白い球体を取り出した。
「どちらでも結構! でもでも、勝手に私は始めちゃう……こんな人がパニックの中、開き直った変装のスペシャリストを捜し出す隠れんぼを! 負けたら
そして、その球体をキャルルは叩きつける。
一帯に、埋めつくさんばかりの煙幕が広がってしまった。
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