???①

 何度も、この狭い世界を飛び出してみたいと思っていた。


 皆、こんな何もない……ただ緑だけしか映らない森の中で、どうして長すぎる年月を生きようと思うのか?

 そりゃ、エルフの容姿は優れていて、奴隷として攫おうとする人間の餌食になりやすいというのも分かっている。

 ───ただ、長い年月。

 ただただ狩りをし、その日を生きて、また同じ生活を繰り返す淡々とした時間を過ごすのは、ある種の地獄ではないのだろうか?


 だから、自分は外の世界に出ようとした。

 先んじて言っておくと、別にエルフは「外に出ちゃダメ!」という掟があるわけではない。

 出るならどうぞご勝手に。そこからは自己責任だと。

 皆が残るという安全地帯からの集団心理を乗り越えることができれば、晴れて命の保証もない自由だ。

 願っていても、中々勇気が出ないのは仕方ないと思う。

 本当は自分だって知らない世界に飛び出すことなど怖い。皆が外の世界に飛び出そうとしないのには、相応の理由がちゃんとあると知っている。


 でも、それでも。

 外の世界に出てみたいと、願ってしまうのだ—――




「だったら、出てしまえばいいじゃないか」


 河のせせらぎが心地よく耳に響く中、ふとがそう口にした。

 もう、誰か。

 どうして思い出せないのかは分からない。けれど、どうしても『特別』だった人だったというのは鮮明に覚えている。


「何をそんなにビビっている? 他所は他所、うちはうち……自分にやりたいことがあるのに、他人の勘定など必要なかろうに」

「そりゃ、あなたはそういう性格だから簡単に割り切れるのよ」


 自分は膝を抱えて少しだけ唇を尖らせる。


「外の世界を見てみたいってだけで、具体的に何をしたいか……なんて決まってないの。外に出て「楽しかった」で終わってしまったら? 遠足気分で行っても、帰りの出迎えがされないことぐらい知ってるじゃない」


 別に、エルフは出る者を止めたりしない。

 その代わり、故郷を離れた者として五百年は戻ってこられないという掟が存在する。

 それは、戻ることによって後ろをつけ回した誰かに集落の場所がバレてしまうからだ。

 エルフにとって、五百年は然程長い歳月ではない。

 しかし、少し長いな、と。孤独に苦しむのには充分すぎる時間である。

 外に出れば、もちろん一人だ。

 何人かは里を出ていたりするが、広すぎる世界で出会う確率はほぼ難しいと言える。


「……それに、私はあなたみたいに強くないもの」


 心も、体も。

 そう口にして、自分は膝に顔を埋める。

 すると、大事な人がいきなり自分の頭を小突いてきた。


「いたっ」

「君は本当に馬鹿だな」


 大事な人は笑みを浮かべ、


「強くないと外に出てはいけない? 強くないと生きられない? ハッ! 阿呆か。生きるだけなら強者よりも弱者の方が優れているに決まっているだろうに」

「……え?」

「弱いからこそ、知恵を絞る。生き残りたいと、生きていくにはどうすればいいかを考える。強者の中には必ず「慢心」という言葉が宿っているが、弱者はそうではない―――怯え、命が惜しいからこそ常に考え続けられる」


 そっと、自分の頭を撫でてくれた。


「心が弱い? 大丈夫だ、弱い方が逞しい。体が弱い? なら、誰かを動かせるほどの何かを持てばいい」

「……………」

「そうだ、商人なんていうのはどうだ? 聞く話だと、商人は世界各地を飛び回り金を集める職業らしい。金さえあれば、強い人間を雇えるし色んな場所を見に行ける……弱くて外の世界が見てみたい君にぴったりじゃないか」


 大事な人に言われると、不思議と「いいかもな」と思ってしまった。

 自分が強くなくても、他に優れるものがあれば身を守れる。

 木々や動物達に囲まれるだけの世界ではなくて、もっと色々な景色を見て回れるなら楽しそうだ。


 自分は、そっと天を見上げた。

 そして―――


「商人……商人、か。いいかも、しれないわね」

「だろう? 我ながら情けない友人の背中にクリーンヒットさせる上手い言葉を吐けたと思う」

「ふふっ、なにそれ」


 自分が笑うと、大事な人もつられて笑ってくれた。

 それが少し嬉しくて。自分の悩みのはずなのに同じように考えてくれて。

 自分は柄にもなく、河に足を踏み入れて少し踊ってしまった。


「ねぇ、あなたは外の世界に行ってみたいとか思わないの!?」

「うーむ……私は別に考えたことはない。現状の生活に特段不満を覚えているわけではないからな」


 大事な人は考え込む。


「君も知っているが、んだ。私の真似ばかりする可愛い可愛いあの子を放って外の世界に行くのは、少し考え難いかな」


 ただ、と。

 大事な人は自分と同じように河に足を付ける。

 そして、そのまま踊る……のではなく、蹴り上げるようにして水を自分へ放った。


「きゃっ!? も、もぅ……何するのよ」

「海、というのは見てみたいかもな」

「……ねぇ、私に水をかけた意味は?」


 自分はジト目を向ける。

 すると、大事な人はおかしそうに笑い、


「君が有名な商人になって、大きな船を買って、そこに私を招待してくれるというのであれば……私も、外の世界に出てみたいな」


 珍しく、そう口にした。


 だって、この子は……自分の気持ちを吐露する時は、絶対になのだから。



「背中を押して上げるんだ、それぐらいの褒美ぐらい用意してもらわないと───だって、それがだろう?」

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