大人な男になるには

 ザザーッ、と。

 さざ波の音が耳に響く。

 ハルカの眼前には白い砂浜、煌めく海、優雅に空を飛ぶ海鳥。

 周囲にはまばらに人がいる。観光地という割に人数が少ないのは、どうやら今日のために商会がこのビーチを客のために貸し切ったからなのだとか。

 故に、他の観光スポットを回っている人間もいることが重なり、解放感溢れる人の少なさとなっている。


 そんな中、ハルカは海パンに着替え、適当にパラソルを挿した日の下で、ボーッと海の景色を眺めていた。


(レイラが僕を利用、ねぇ……?)


 はしゃぐことよりも考え込んでしまっている原因は、先のクロエの発言。

 確かに、レイラは異様に自分と一緒にいたがっている。

 世界最大の商会の会長でありながら、他の客の接待を放り投げていち貴族の子供につきっきり。

 そもそも、元を辿れば自分にわざわざ招待状を渡してきたところからおかしかった。


(だって、レイラは僕が『幼き英雄』って知らないはずだし……)


 まぁ、そう思っているのはハルカだけだからこそ、ハルカは余計なことを考えてごっちゃごっちゃの思考になっているわけで。

 時間も有限。早くビーチボール片手に青い春を堪能すればいいはずなのに、今もこうして海を眺めてしまっている。


(僕個人の財力なんてたかが知れてるし、そもそもレイラほどの立場だったら貴族なんかよりも直接アリスみたいな王族にコンタクトを取ればいい)


 国のパイプや財力ではない。

 それ以外で、ハルカに何かを求めている。

 正直、あまり考えても本人の口から聞かない限りは分からない。

 ただ、少なくとも───


「……困ってるんだったら、素直に言ってくれれば助けるのに」


 ボソッと、口から漏れてしまった言葉。

 すると、不意に「ふにっ♪」と、何やら柔らかすぎる感触が、


「そういう言葉がスッと出てくるところ、流石は坊ちゃんです」

「うおっ!?」


 伝わってきたので、ハルカは思わず反射で飛び退……こうとしたが、クロエがしっかりと腕をホールドしてくる。


「ふふっ、どうされたのですか、坊ちゃん? もしかして、ホットプレートに顔から突っ込みましたか?」

「もし仮にそうだとしたら、真っ先に顔への心配をするべきだ違うけどもッ!」


 皆さん改めて言うが、ここはビーチだ。

 海水に濡れてもいいよう、各々水着たるものに着替えてお天道様の下を歩く。

 一般的に、水着は普段着とは違って布面積が少なくなってしまうもの。

 現に、ハルカは上には何も羽織っておらず、海パン一つの無防備な姿。

 大して、クロエはビキニという上の一部と下の一部を隠すもの。

 そんな肌の面積が圧倒的に多い状況で、互いの体が密着してしまうと……まぁ、そのなんだ。端的に言うと、思春期の男の子にはとても刺激的なのだ。


「分かるさ、僕だってここがどういう場所でどういう服を着るのかぐらい理解している……だからこそ! 軽率な発言と行為は控えるべきだ僕は狼さんだよ男の子なんだよ!?」

「あら、狼さんはこの程度の刺激に興奮してしまわれるのですか? 悲しいですね……あれほど子供扱いをしないでくれと仰っていたのに、反応が初めて異性を意識した男の子です」

「周囲を見なさい周囲を! 僕だけじゃない大人なボーイも反応してるよ! なんだったら、横に女性がいても鼻の下伸ばしてるよ情けないッ!」


 いつかどこかで何度も言った気はするが、クロエは紛うことなき美人だ。

 出るところはしっかりと出て、締まるところはしっかりと締まっている肢体。

 そこに端麗すぎる顔立ちと大人びた上品な雰囲気、破壊力抜群な黒のビキニが合わされば、ただでさえ引き寄せてしまう視線も釘付け状態。

 物騒な護身用の剣が腰にあるものの、事実ハルカの言う通りたとえ隣に付き合っている女性や婚約者がいようとも、ビーチにいる男性陣の視線はクロエへ一身に注がれている。


「坊ちゃん、考えてみてください……私は決して「坊ちゃんの反応可愛いから見てみたい」や「あわよくばこのまま押し倒してくれないかな」などというやましい気持ちでしたわけではありません」

「……そうなの?」

「はい、坊ちゃんは普段から子供扱いされることに対して大変悩まれていたようですので、少しばかりお手伝いしようと考えた次第です」

「子供扱いに対しての悩みの種の八割が理解者メイドな気がするけど……」


 ハルカは釈然としない様子で、クロエへジト目を向ける。


「自慢ではありませんが、私は周囲の男性の視線を総取りしております」

「まぁ、謙遜が妬みを超えて憎悪になりそうなほど、その通りではあるね」

「逆に言えば、坊ちゃんが私ほどの女性にドギマギせず、普段通りの紳士を貫くことができれば───坊ちゃんは、周囲の男性よりもジェントルマンだという証左。つまりは……」

「ハッ! 僕は大人以上の男ということ!?」

「その通りでございます」


 衝撃的な事実(※本人の中では)に気づいたハルカは驚き見せる。

 もう、それは「まさかそのような手があったとは」と、手を震わせるほどだ。将来が心配になるほどのチョロさである。


「流石は僕の理解者。やっぱり、持つべきものはメイドだよ」

「お褒めに預かり、光栄でございます」


 では、と。

 ハルカを座らせ、クロエはそっと胸の谷間に腕を埋めるように引っ付く。


「落ち着け落ち着け落ち着け……ドキドキするな平常心だハルカ。僕はクロエでドキドキしないジェントルマン! いずれ『影の英雄』と呼ばれる男……ッ!」


 そして、ブツブツと呟くハルカの耳元でそっと───


「ささっ、坊ちゃん……♪」

「流石の僕でも分かるよなんか違うでしょその発言なにをするつもりだッッッ!!!」

「もちろん、ナニですが?」

「具体性が感じられないのに貞操の危機を覚える発言!?」


 ───どこまでいっても「あわよくば」を忘れないクロエであった。

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