安住の地に満る月

鈴ノ木 鈴ノ子

第1話:妖精問題について

東海生物学研究所 主任研究員 高林祭 


 現在におけるフェアリーについて(以下:妖精と記載する)は、人工的に作り上げた製品である。

 しかし、生物学上においては生命と言ってもほぼ差し支えなく、また、思考は限りなく人間に近しい存在であることは、仕事上で触れあったことのある方なら納得されることだろう。

 妖精は1990年代初頭に、国連付属機関の国際生物科学研究所の一部研究員たちが人間の細胞を基幹としトンボの羽の遺伝子やその他、各種小動物の遺伝情報を掛け合わせて奇跡的と言えるに等しい値で製造された1つのモノである。

 人間の恐ろしい思考と人工知能との導き出した作成に伴う最適解を用いて実験に伴う各種エラーとも言える何千体という破棄個体の上についに妖精は完成した。この実験は人工知能の導き出した最適解が生物学上において使われた不幸な事例の最たるもので礎となったメンデルの法則を汚す行為であった言えるだろう。

 

 初めて作成された妖精個体は「女王」と名付けられた。

 

 伝説やアニメーションなどで出てくるフェアリーに限りなく近い存在である妖精は、全長30センチほど、某有名人形のような見目麗しい容姿をしていた。それに自由に空間を飛び回る妖精を見て研究者は魅了された。これが今日まで続く妖精の基本原型となっていることは皆さんご存じのことだろう。

 その小ささに似つかわしくない100㎏の荷物を軽々と持ち上げることのできる能力や飛ぶことによって移動速度が普通車並みの60㎞を誇った妖精は見目も麗しいことから、発表された当初から大論争を呼んだ。わが国でも介護分野での活用が検討模索されたが、特定国家と宗教団体の全世界的な反妖精運動により研究は中止され女王は処分されることとなった。

 なお、後々に判明したのだがこの女王は解体処分されており、これもまた次世代、今主流となっている1.5世代型の妖精を制作するにあたり大変重要な役割を果たした。これはもはや生命学と生命倫理学を著しく冒とくしたものとして間違いないだろう。

 一応に決着を見た妖精問題だが再び注目を集めることとなる。皆さんも多くの方が罹患して一時は悲観に暮れたことであろう新型リビルズウイルスの発生に伴う労働者人口の減少問題であった。

 予測モデルにより社会システム、とりわけ基盤となるシステムが絶望的なまでに維持困難となる可能性がウイルス研究の第一人者であるコッペル博士のチームとWHOが共同で示された。新型ウイルスは若年層、特に労働者年齢の対象者が罹患した場合において麻痺や思考力の低下などの後遺症を高確率で発症することが研究によって判明した。各政府は対応に追われるが人工が限りなく少ない国家においては致命的となり、また、大国であってもかなりの痛手となる事態が進む中で、国連総会において国際生物化学研究所がある論文を提出した。

 論文の結論だけを申し上げるならば、個体名「女王」の遺伝子情報解析と体組織に実験においてウイルスに感染することはなく妖精の免疫システムによって防ぐことができ、また、感染後の後遺症を治療する薬を作成することが可能であると纏められていた。

 

 これに全世界は飛びついた。それはもう醜悪なほどに縋りついたに等しい。

 

 全世界に向けて公表された実験結果とそして妖精の高効率パッケージとされた製造方法が各国に配布されると、呆れることに強硬に反対していた国ですら、強制的に反対意見を警察権力を含む各種暴力的行為と法整備によって規制して妖精製造に全力を傾けた。

 今になってこのデータを冷静に客観的に見てみれば最低災厄であることは言うまでもない。誰も公表しないのでここに記させて頂くが一個体の妖精から得ることのできる特効薬もワクチンも1人分であったからだ。

 人口減少に伴う介護要員の不足と、感染者の介護の必要性に迫られた日本もパッケージされた生産システムを倫理規定を考慮することもなく、超法規的措置の乱用、乱発を行い、深く検討することもなく導入を推進した。研究結果の通りウイルスに対しての特効薬とワクチンが恐るべきスピードで作成され、特効薬により後遺症も回復されると、労働人口の回復によって妖精システムは役目を終えるはずであったが、労働人口の減少時に医療介護現場での献身的な活躍によって一般の企業へと導入が検討され実行されてしまった。

 

 これが後に「使い捨ての妖精問題」を引き起こしたのである。

 

 妖精管理法においては管理が基本となっていたものの、特段の刑罰がある訳でもないため、現場で酷使される妖精は人形のように廃棄処分されていった。その総数は厚生労働省妖精管理局の廃棄数データから読み解いても、日本国民総人口の半数以上が1年間で廃棄・または失踪扱いとされてしまっているのが現状だ。今こそ、我々は生命の原点に立ち返ることが必要と言えよう。命を救ってもらった恩人に対してこの仕打ちはあまりにも酷すぎるものだ。

人間としての良心を失わないうちに早急に対策の必要性が求められている。

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