出奔(2)
「ええと、どんな考え事をしてたのかを教えてくれるんじゃないのかい?」
「あ、ああ、そうだったな。別に大したことじゃない。自分で考えて帝政化に賛同した者は、果たしてどれだけいたものかとな。同調圧力に屈するならまだしも、ただ面倒で思考を放棄し、流された者もいたのではないかと」
「ふぅん。出奔するのに、そういうこと考えちゃうか。真面目だねぇ」
「遺憾ながらそういう性分でな。こればかりはどうしようもないと諦めている。とはいえ、国が変わるという意味を理解できていない者が
そんな者たちの中に、
ノルトエフはそう考えるが、だからといって異形に身を捧げる行為には抵抗がある。どっちつかずの穏健派に属していたのはその為だ。
「信仰とは、何なのだろうな」
「さぁねぇ。おっさんがわからないことをアタイに訊かれたってわかるわけないよ。ジジイも言うほどわかってないと思うし」
「怖ろしいことを言うな」
「怖ろしいかなぁ? でもそうとしか言えないんだよねぇ。アタイも傭兵上がりだからわかるんだけどさ、切った張ったを
「そ、そうなのか?」
「アタイはジジイ子飼いの私兵団でも団長だったからさぁ、何か起これば聖騎士団長に
「ず、ずいぶん軽いな」
「開き直ってたのさ。けどそっちの副団長はそういう話が出る度に全力で拒否してたねぇ。実質あの人が団長みたいなもんだったからそりゃそうなるよ。不器用っぽかったし、団長と副団長を兼任したまま人に頼れなかったんだろうねぇ。よく『仕事量が多すぎます。いい加減に楽をさせてください』ってジジイに泣き落としかましてたもん」
イリーナはケラケラと笑うが、ノルトエフはゲイロードが説教中に言っていた『名前だけ貸した』が事実であったことに戦慄していた。
「道理で(泡を噴いて倒れたわけだ……)」
「あ、勘違いすんなよ? おっさんが実力で選ばれたのは間違いないから」
「いや、そこは気にしていない。少し、気が抜けただけだ」
ゲイロードの下についた時点で信仰をとやかく言う資格を失っていたのだと気づかされノルトエフは自嘲する。だがよくよく考えてみれば、中途半端に異形との共存を
「ちょ、ちょっと、大丈夫かい?」
「ああ、気にするな。気落ちしたわけじゃない。自分の馬鹿さ加減に呆れ果ててな。いくらなんでも気づくのが遅すぎるだろうと。本当に、どうしようもないな」
主流派からすれば自分は邪教の親玉だとゲイロードは言っていた。ノルトエフはその言葉をまともに受け止めていなかった。そういったことは、ゲイロードと行動を共にするようになってからは何度もあったように思う。
ゲイロードの本心を冗談めいた言い回しや軽口としてしか拾えていなかっただけで、信仰を捨てているという真実はいつも側にあったのだ。
「よくわかんないけどさ、おっさんは小難しく考えすぎなんだろうねぇ。何をするにも『どんな馬鹿でもわかるように示すことが重要』なんだってジジイが言ってたよぉ」
「なるほど」
教典を放り捨て、苦難を与えた神に真っ向から立ち向かう不信心の
確かに、わかりやすいことこの上ない。まるで物語の英雄である。
(ああ、そうか。俺もそういう風に生きてみたかったのか)
信仰は関係なかった。無意識のうちに隠れ蓑にして目を背けていた。気に食わなかった理由は
ノルトエフは笑い、詰め襟の留めを外す。
「おぉ、おっさんが服を着崩すの初めて見たよ」
「それはそうだ。初めてやったからな」
「へぇ、感想は?」
「楽でいい。実を言うと窮屈だったんだ」
未練はなかった。国にも、聖職者であることにも。
「吹っ切れたって感じだねぇ。うん、そっちの方がいいよ」
「そうか。なぁイリーナ、食事でもどうだ?
「えっ? えぇっ?」
明朝、ノルトエフはゲイロード帝国と名を変えた第二の故郷を後にした。
食事の流れで一夜を共にしたイリーナを助手席に乗せて。
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