白い別荘⑤

「小湟さん」

昼休憩を終えた中田美奈が紗埜に呼びかけた。

「はい」

紗埜は商品棚の整理をしている手を止めた。

「来週の水曜って休みですよね?私急用ができちゃって、シフト代わってほしいんですけど」

「…ごめんなさい、その日は予定があって」

「え、駄目なんですか?」

「はい」

中田は無表情になると、わかりましたと言ってレジの方へ歩いていった。紗埜は中田の遠ざかる背中を呆然と見ていたが、再び手を動かし始めた。数分して藤野という女性社員が戻ってきたタイミングで紗埜はようやく昼休憩に出た。

1時間後、休憩が終わって戻ると店内は落ち着いていた。紗埜は棚に商品を補充することにした。誰かが在庫を取りに行った様子はない。棚を整理した際に優先して補充すべき商品を把握していたためすぐに倉庫へ向かった。

店から出て50メートルほど歩くと従業員通路のドアがある、そこを通り目的の倉庫に入った。在庫を集めて乗せるための大きな空段ボール箱を部屋の隅から取り、持ってきた台車に蓋を開いて乗せた。

ほとんどの従業員はこの在庫を取る作業を嫌うが、紗埜は気に入っていた。確かに商品の取り扱い数が多いため必要な商品を探すのに苦労する部分はある。それぞれが似たような色の段ボールにまとめて入っているため見分けるにはバーコードシールの小さな文字を見なければ中身がわからない。手のひらサイズの商品については誰かが一度手に取ったものを正しくない箱に戻した形跡などがあり、スムーズに商品を探せないこともストレスのひとつだ。

紗埜は商品を探し出したその瞬間が好きだ。一人黙々と倉庫で作業をする静かな時間が心地良かったりもする。それなりに急ぎながら必要な在庫をすべて揃え段ボールに積むとそれを店へと運んだ。

台車ごと店内に入りレジ横を通ってバックヤードに段ボールを降ろした。バックヤード内で台車を畳んでいるとカーテン越しにレジの方から話声が聞こえてきた。

「なんで今持ってくるわけ?」

「邪魔ですよね」

紗埜は緊張した。藤野と中田の声だ。まさか自分のことを言っているのか、ついそう思ってしまう。耳を澄ましてしまいそうになるが不安感から僅かに物音を立てながら段ボールの在庫をあれこれと触る。

話し声はそれ以降は聞こえなかった。カーテンをそっと開くとちょうど客が数人レジに来て2人は対応に入った。何事もなかったかのように見えることから紗埜は聞き違いかと考えるようになった。手には補充するための商品をいくつか持っていたがその指先はこわばっていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

懐中喫茶 @conatsu_tsukihi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ