第13話 雛が巣立つ時
空はオレンジ色。
左手側には、空と同じオレンジ色に染まった海があり、右手側には一本の道路がある。
中学の卒業式の帰り、俺は雛と二人で帰路についている。
俺は雛の後ろを歩いている。彼女は背が低い。機嫌が良いのか、鼻歌を歌っている。まるで小学生みたいだ。雛は昔から身長があまり伸びなかった。幼稚園の頃からの付き合いだが、たしか、中学に入ってからは二、三センチしか伸びなかったはずだ。
雛が突然、くるっとこちらを向いて言った。
「どうしたんだい? ぼーっとして。悩みなら僕が聞いてあげよう!」
雛がそう言ってえっへんと胸を張る。
「悩みなんかねーえよ。強いていうなら……自分の将来、かな?」
雛が腕を組んでうんうんと頷き言った。
「それは由々しき問題だね」
俺は今、住んでいるこの町にある実家を継ぐことになっている。近くに高校はないし、そもそも俺の頭じゃ進学は不可能だからな。
どうやらこの町で一生を過ごすことになりそうだ。本当は色んな所へ行って見聞を広めたい。町の外を知りたい。
「それはそうと、雛は確かスポーツ推薦で遠くの高校に進学するんだよな?」
「うん。鳥人間部の部員として活躍するって、条件付きだけどね」
雛は背中を見せてまた歩き出す。俺も続く。
鳥人間部ってのは、テレビとかでたまにやってる鳥人間コンテストを学生の部活動にしたやつだ。全国のスポーツに力を入れている学校が最近、こぞって鳥人間部を創設している。で、鳥人間部の全国大会中学生部門で、表彰された雛に声がかかったわけだ。
雛が飛んでいる姿を何度も見た。その時の雛の表情は輝いていて、何かから解放されて生き生きとしていた。それでいて真剣で必死で、そんな健気な雛を応援せずには、支えられるずにはいられなくて、気付いたら多くの時間を共にしていた。
「そうか、俺と雛は離れ離れになるのか。俺たちの間に今まで色んなことがあったな」
「そうだね……。幼稚園の頃だったかな? 僕が君と初めて会ったとき、驚いたよ。君が園内の木によじ登って木から飛ぼうとしていたからね。慌てて先生を呼んだよ」
「しょうがないだろ。その時の俺は空を飛びたかったんだ。それに、雛だって俺の真似して木の上から飛ぼうとしていだろ!」
「あはははは。だって、君を見て楽しそうだなぁ、と思ってどうしても飛びたくなったんだよ。──あとね。君のお陰だよ」
は?
雛は突然、立ち止まり、俯く。
「僕が空を飛びたい、空に憧れるようになったのは、木の上に登って飛ぼうとしてた時なんだよ。僕は飛びたい。より高く、より遠くまで。そのために遠くの高校に行くんだ。──ごめんよ。僕のわがままでしばらく会えなくなる。でも電話とか通話アプリで話を──うわぁっ!」
気付いたら俺は両腕で、雛を抱きしめていた。
「電話とかアプリじゃダメなんだ! 俺は、俺は、雛の側に居たいんだ!」
目頭が熱くなる。涙で視界が滲む。ひっくひっく……!
「僕以上のわがままさんだなぁ」
雛が俺の肩の上に片手を置く。
「大丈夫。僕は必ず戻ってくる」
う、うううううっ! うううう!
「そんなに泣かなくても……。友達と離れるのがそこまで辛いのかい? 僕の思ってくれるのは嬉しいけどちょっと恥ずかしいっていうか照れるっていうか……」
違う。
友達と離れるのが辛いんじゃなくて、俺は、心の底から本当に好きな人と離れるのが辛いんだ……!
少しして俺は落ち着いた。俺たちは少し歩き、別れ道の前で立ち止まる。
「ここでお別れだね。じゃあまた今度」
「雛、さっきはわがまま言って悪かった」
「いいっていいって。バイバイ」
雛は手を振って、背中を向けて歩き出す。
俺も早く家に帰ろう。
はぁ……。みっともない姿を見せてしまった……。恥ずかしい恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。
「おーい! おーい!」
雛の声だ!
道の反対側で雛が叫んでいる。
「僕は絶対に! ずーっとずーっと高いところまで、遠いところまで飛んでみせるから!」
それから少しして、雛は町を離れて飛び立った。故郷から巣立ったんだ。
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