12.愛の腰砕け
高校入学と共に目覚めてしまったストイックなこの気持ち、早朝に走り込んで朝はタンパク質と炭水化物をきっちりと摂取だ。学校までは二駅の距離だけど自転車で爆走して下半身強化を意識した。
授業中にも合間を見ながら握力を鍛え、部活の時間には振りこみ打ち込み実戦形式とひたすら練習を繰り返した。週に二回はジムに通って筋力トレーニングをし、その費用を稼ぐためにアルバイトも頑張っている。
それを否定した人もいたし、影でバカにしてる子もいる、なまっちょろい青春なんていらない、青春と呼べるものがあるのなら、それはテニスがうまくなること、強くなること、勝つことに捧げるのだ!
飯塚桃子はそんな風に考えて一年間を過ごし、二年も間もなく夏休みと言うところまで只々走り続けてきた。それなのに今、桃子の気持ちは大きく揺らいでいる。
思ってもいなかった出来事って突然訪れるから思っても見ないってことなんだ、なんて当たり前の禅問答のようなことが頭を駆け巡る。確かに中学の時はちょっと憧れを持っていたことは事実だし、向こうもまんざらでもないようだと感じることもあった。
しかし結局最後まで声をかけてくれることはなかったし、その間にも彼は色々な女子と仲良くし、付き合ったり別れたりとそれほどいい話は聞かなかった。
それなのに今になって――
「今になってってどういう意味だよ、学校違うから会うこと無かったじゃん。
部活で時間違うからかもだけど、朝ですら駅で一度もあったことないしな。
今日は何となくっつーか、ナミタカが運命の日とかワケワカ言いだしてさ。
えーっと、来ちゃった、あは」
「来ちゃった、じゃないわよ!
かわいく言えばいいってもんじゃないでしょうに!
はっきり言ってビックリしすぎて何話していいかわからないわよ!
練習中で汗臭いから近寄って欲しくないし、鍛えすぎてみっともないのも見てほしくない、金子君にこの気持ちわかる!?」
「いや全然わからんが? 俺は久々に桃子に会えてうれしいぜ?
誤解も解けたしチョー満足だよ。
連絡先だけ教えてくれよ、今度遊びにいこう、な?」
「今部活中でスマホ持ってないもん……
練習終るまで待てるの? 十七時までだからまだまだあるよ?
まさか見学してくなんて言わないよね? 中学の時みたいにさ!」
「ま、まっさかぁ、追い掛け回されたくないしな。
東口のモックでもいいし、他に行きつけがあればそこで待ってるよ。
家まで送ってってもいいしな」
「私は自転車通学だよ?
駅のほうにはいかないで学校の前の県道から帰るんだけど……
校門でて左に行ってすぐショッピングモールがあるからそこは?
フードコートかゲーセンがわかりやすいかなぁ」
「んじゃさ、俺のスマホ置いてくからナミタカへ連絡してくれよ。
ホーム画面にあいつのショートカットあるし、中でうろついて待ってるから」
「なんで専用のアイコンがあるのよ、相変わらずあんたたちキモイわね……
どうせ今だって二人で悪いことばっかしてるんでしょ?
特にあの発情猿はどうなっちゃってんのよ。
東高へ行った子に少しだけ聞いたことあるけどさ。
その、あれよ、もう何十人も…… あー、それはどうでもいいわ」
「ほいじゃよろしくな、三人で待ってっからさ」
桃子に自分のスマホを押し付けてから、金子と高波、そこへ美知子を加えた三人は西高を後にしてショッピングモールをめざし歩き出した。
「ちょっと金ちゃんさぁ、あれはないわー
あの場で押し倒せば良かったじゃん、汗かいてるときは興奮状態に近いんだぜ?
人間って自分が感じてる興奮の理由がわからねえっていうじゃん」
「お前はバカ過ぎだな、学校で女子押し倒したら普通は警察呼ばれるんだよ!
なんでも自分を基準に考えるんじゃねえ!」
「それが違うんだなー、別に裸にひん剥けって言ってるわけじゃねえっての。
押すところはきっちり押せって言ってんだよ。
なんであそこでもう一押し、ふた押ししねえんだ?
男はオス! 女はメス! 一気に口説けよなぁ、腰砕けもいいとこだぜ」
「わかってるわあーってる、皆まで言うな。
自分でもヘタレてると思うけどよ、ここは大事に行きてえんだ。
今更こんなこと言うのもおかしいけどマジで桃子のこと好きなのかもしれねえ」
「別にいんじゃね? お前がガチ恋なんて笑わせる。
そんな面白いこと出来るお前は最高だよ。
ヨゴレだって純愛してもいいに決まってっだろ?」
「誰がヨゴレだよ…… マジお前だけには言われたくねえっての。
でもまあサンキューな、やる気でたぜ!」
「んだな、スポーツガチ勢は締りがいいからヤる気だせよ?
初めてだろうしちゃんと雰囲気作ってやんねえとだろ。
間違っても体育倉庫とかやめとけ、最低限シャワーとベッドがあるとこな」
「そんな当たり前のことはアドバイスじゃねえ……
金はねえから誰か独り暮らしのやつに相談するかなぁ」
「オレも美咲ちゃんとかに聞いてやるよ。
金ちゃん一世一代の晴れ舞台だもんな!」
二人が盛り上がっていると美知子はつまらなそうに高波の袖を引っ張った。そして上目遣いで一言。
「ウチもスポーツやったほうがいい?」
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