第一四話 館での最初の仕事

 階段を上り続け、館の東側三階にて、赤絨毯が敷かれてある廊下を歩いている。マリアさんに付いて行き、廊下の曲がり角を通り過ぎる。


 しばらく歩いていると、両開きの扉が現れた。


「ここがレイラ夫人の寝室となります。使用されたことのない部屋ですが、常にメイドたちが手入れしていますので衛生面に問題はありませんよ」


 三階の廊下を歩いている間は他に扉はなかった。つまり、扉の向こうは広大な寝室であることが容易に想像が付いた。


「あの、マリアさん」


「はい、なんでしょう」


「そのぉ……まだ、結婚してないから夫人呼びはちょっと恥ずかしいかな」


 手をもじもじさせながらずっと思ってたことを伝えた。マリアさんは手を口に当てて、あらあらと言っていた。


「申し訳ありません。ではレイラ様とお呼びしますね。他の者にもお伝えしますので安心してください」


 マリアさんはしゃがんで私に目線を合わせてくれる。老練な雰囲気を漂わすメイド長ではあるが、見守ってくれるような温かい視線を向けてくれたので心が落ち着いた。


 寝室に入ると四柱の天蓋ベッドが最初に目に付いた。童話に出てくるお姫様のベッドのようだった。次に目に入ったのは豪華絢爛な暖炉、ティーテーブル、チェアだ。他には鏡台、ソファー、タンス、チェストなどが広大な部屋に点在している。


 目を輝かせているであろう私に対してマリアさんは穏やかな口調で寝室の中に幾つかある扉について説明してくれる。


 どうやら扉の向こうには私専用の浴室、書斎室、用途が決まってない空き部屋があるとのこと。


「家具は揃っていますけど、小物はないので欲しいものがあればお申し付けください。また、出先でも欲しいものがあればルオ様にねだれば問題ないと思います」


「うん、ありがとうございます」


 ルオにねだるか……考えたことがないや。これから一緒に旅行とか行くのかな。


 彼とお出かけすることを考えると思わず両頬に手を当ててしまう。そんな私を見てマリアさんは優しい顔を見せる。


「ルオ様が本当にお好きなのですね」


「う、うん。そ、そうなのかな?」


 ハッキリと口にするのは恥ずかしかった。


「あの、ルオに黙っててください」


「あら……レイラ様は許嫁なのにまるで片想いをしているようなことを言いますのね。ふふふ」


 マリアさんは微笑ましそうだった。


 許嫁なった経緯からして私とルオとの関係はうんともすんとも言わないハッキリしない感じだし、それにルオの真意が分からないし、私の好意が伝聞するのは避けたかった。


「レイラ様、この館に住むにあたって心構えを一ついいですか」


 マリアさんは人差し指を立てる。


 真剣な話だと思い、私は神妙な面持ちでお願いしますと言う。


「しばらく館にいる使用人たちはレイラ様の噂で持ち切りますので惑わされないようにお気を付けください。もしかしたら、憶測が憶測を呼んで不躾な噂する人がいるかもしれません。そのときはこのマリアにお申し付けください、そういったかたはレッド公爵家に相応しくないので解雇させますね」


「ご忠告ありがとうございます……でも解雇までしなくていいかな、噂してるだけで路頭に迷うのはちょっと心痛むかな」


 面と向かって失礼なことを言って来たら、さすがに嫌、というかそんな人は魔眼で氷漬けにしたいかな。


「お優しいですね、ルオ様に選ばれる訳です」


「そ、そうかなあ……」


 優しいことに関しては否定したかった。ついさっき、人を冷凍保存することを考えてたし。


 とりあえず、あははと愛想笑いしとく。

 

「では、まず公爵夫人となる人間として最初に決めて欲しいことがあります」


 マリアさんはテーブルの方に移動して手招きをする。


 早速、仕事させられるのかな。公爵のお嫁さんってなにする人なのか全く分かってないんだけど。


 私はチェアに座ると、マリアさんは分厚い紙の束をチェストから取り出す。書類仕事だと思った私は口を真一文字に閉じて天を仰いだ。


 正直、面倒くさそうだった。


「この紙束にはこの屋敷にいるメイドたちの情報が載っています。そこでレイラ様にはメイドの中から侍女となる人を選んでいただきます」


 侍女? と呟くとマリアさんは説明し始める。


「簡単に言ってしまえばレイラ様専属の使用人です。身の回りを世話をする人ですね、ルオ様でいう執事兼従者といったところでしょうか」


「ハミルトンさんみたいな人?」


「ええ、そうですね」


 とすると、一緒にいることが多そうだからある程度、話しやすそうな人がいいな。


 マリアさんは私に紙を差し出すけど、手を突きだして言外に必要ないことを伝える。


「アメリアさんを侍女にしようと思います」


「アメリアですか……」


 逡巡してそうなマリアさんは言葉を続ける。


「彼女の仕事は比較的、メイドの中で繊細さが際立ちます。料理が最も得意といったところでしょうか」


「あ、知っています。館に来るまで彼女の料理も食べました」


 特に農村で食べた、ワイルドボアの肉の味付けが最高すぎた。そもそもまともに食事ができるだけで満足だった。


「ですが、ここでの食事は基本的に料理人達がやってくれますし、それにアメリアはまだ二年目のメイド。大役を担うには精神がまだ未熟かと」


「じゃあ、アメリアさんを侍女にすることはできないってことですか?」


 眉を曲げて尋ねると、マリアさんはいいえと首を横に振る。


「アメリアの適正と客観的な評価を述べただけですよ。それでもレイラ様がアメリアを推薦するなら快く対応しましょう」


 と、マリアさんは笑顔を見せてくれた。


 それからマリアさんは緊張した面持ちのアメリアさんを連れてきて、アメリアさんは本当に私でいいんですか! とか私で大丈夫でしょうか、至らない点があればすぐに代えてくださいとか言って何度も頭を下げていたが、彼女は私の侍女になるのを拒んでいるわけじゃないので改めて対面でお願いをする。


「アメリアさん、よろしくね」


「は、はい! それと……家の中ではいいんですが、外では私のことを呼び捨てにした方がいいと思います」


「それもそうだね」


 ここは貴族の常識に従おう。なんかルオに注意されそうだし。


 マリアさんはアメリアさんの両肩を軽く叩いて励ましの言葉を送っていたが、当のアメリアさんは緊張して体が縮こまっていた。思わずふふと吹き出してしまった。


 そのあと、マリアさんは通常業務に戻る。


 どうやら、夕食の前に行かなければならないところがあるらしくて、私はアメリアさんに付いていった。

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