第3話 君との取引


「そういうあなたの名前は?」

「俺? 俺は……霧神きりがみれいだ」


 一瞬言うか迷ったが教えても問題ないと判断した。ここで俺を特級などと認知している人はいないだろうからな。

 アイラはすぐにこっちを見て、微笑んでくる。さっきの寂しいような面持ちは既に消えていた。


「レイ……珍しい名前ね。一体どこの出身?」


 やはり日本の名前は珍しいのか。これは転移転生ではお決まりだよな。


「出身はー……多分この国?」


「んん……? なんか私、あなたが物凄く心配になってきたわ。まるで宇宙人みたいよ? なんというか……『英傑のピース』みたい」


 んー、英傑のピース。また分からん単語。

 てか宇宙人は知ってるんだな……。

 どうやら少し変わった異世界に来てしまったらしい。


「あー、英傑のピースね、知ってるぞ。あれだろ? 『英傑さん、はいピース!』ってやつだろ?」


 当てずっぽうだが果たして? 意外にも当たってるんじゃないか?

 しかしアイラの表情はまたしても急停止、まるで録画をストップしたときのようだ。

 と突然、


「ふっ、なにそれ! あははは!」


 腹を抱えて笑われた。しかし君も君だ。意味不明な単語を連呼しないでいただきたい。


「英傑のピース……『英傑』は幻獣が宿る英雄のことで、その素体となるべき人が欠片ピースとしてある日地中から目覚めることをいうのよ。そういう迷子に使ったりする慣用句なの」


「あー、そう言えばさっき言ってたな? 英傑って」


「うん。でもあなた、英傑なんじゃないの? だって強すぎるわ。さっきの盗賊はああ見えても街の騎士を倒せるくらいの呪詛技術を持った連中だったの。それをあんな一瞬で倒してしまうなんて。良ければ私の騎士になってほしいくらいだもの」


「いや、悪いが俺は英傑なんて大それた存在じゃない」


 確かに以前の世界では“特級異能士”などと呼ばれて国家軍隊と同等、国家間の異能戦争を抑止する戦略級異能の持ち主と言われてはいたが。

 ここではただの村人Aかもしれないのだ。

 まあその場合最強の村人Aが爆誕するわけだが。


「期待を裏切るようで悪いな」


「全然。英傑なんて実在するかも分からない伝説に希望を抱いている私の方が大愚なのよ……」


 そう言って俯いたあと、


「さて……私は探し物を取り返しに行かないと」


 ふと立ち上がり、足早に歩きだす。


「探し物?」


 背に声をかけた。しかし彼女は振り向かず立ち止まるだけ。


「ええ、私を奴隷として売り出す予定だった盗賊……あなたが倒した彼ら……とは別口、というか取引したのでしょうね。私の『王位石』が奪われた。あれは……大事なものなの」


 真剣な横顔がその石が相当大事なものであると無意識に語っていた。

 しかし王位石か。成程、やはり全く分らん。


「これで、私の正体も分かったでしょ?」


 うん、分からん。


「確かに助けてもらったことに関しては感謝してる。お礼も出来ればしたかったのだけど。今の私には時間がないから。分かったなら、これ以上私には近づかないことね……」


 寂しい口調で言いながら完全に前を向く。


「その……助けてくれて本当にありがとう。きっとあなたの事は一生忘れないわ」


 お嬢様エルフを助けて褒美がもらえるイベントだと思った俺が馬鹿だった。

 ここは本物の異世界。ゲームでもなければ誰かが作ったシナリオでもない。

 想像以上に甘く考えていた。


 意味の分からない単語や文化……この世界での一般的な知識や素養がない俺はおそらく一ヶ月も生きていけないだろう。いや、下手したら一週間も生活できないかもしれない。いわば海に放り出された蛙。


 異能があればさっきのように敵を倒すことが出来るだろうが、問題はそこではない。

 どれほど通用するかも分からない。

 俺は、この世界についてもっと知らなければいけない。


「待ってくれアイラ」


「ん――?」


 そこで彼女は振り返った。その煌びやかな金髪を揺らして。


「俺にも手伝わせてほしいんだ。アイラがこれから何をしにいくのかは大体見当がついている。その王位石とやらを取り返しに行くんだろ? だったら俺にも手伝えるはずだ」


「それは……無理ね。私はあなたに迷惑をかけたくないもの」


「いや、俺は自分のために君を助けたいんだ。見返りにこの世界のことを俺に教えてほしい」


「……見返りがそんなことでいいの?」


「ああ、別に褒美をくれとか横柄なことは言わない。ただ、この世界について詳しく、そして正しい知識を教えてほしい。俺が求めるのはそれだけだ」


「だとしても、相手は弱くないわよ? 高位レベルのまほ――」


「大丈夫。俺に勝てる存在など、そう簡単にいやしないさ」


「でも―――」


 あーもう。

 俺は無言で彼女に高速で接近して、


「きゃっ! 何っ!」


 一瞬にしてお姫様抱っこを果たし、そのまま正面に走り出した。


「うそ、私持ち上げられて……重くない?」


 しばらく慌てて足をバタバタさせていたがすぐに収まる。


「全く」


 そう言うと彼女は少し頬を赤らめながら諦めた顔で正面を見た。


「あなたといると調子が狂うわ」


「同感だ」


「ちなみに目的地の方向は逆よ」


「それを先に言え」



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