わがままDTMer

第9話「わがままDTMer①」

 軽音楽部の活動は、一度全員が部室に集合して30分ほど簡単なミーティングをした後に解散して各バンド毎の練習に別れる。しかし使える教室が限られているために週に2回は演奏出来ない日がある。その場合は各々空いてる場所を使って練習したり、バンドミーティングに当てたりするのだが、紅葉館伏見は昔から吹奏楽部が強かった為に使える教室はほぼ吹部に抑えられている。そして問題なのはドラムセットだった。スネア、バス、フロア、タムタム、ハイハット、クラッシュ、ライドのセットが1台。折り畳んで移動できる電子ドラム3台の計4台。使える教室も足りなければ、ドラムセットを使う順番もなかなか回ってこない。なのでドラム担当の生徒は割り当て日以外はドラムパッドやキックペダルだけ用意したりと工夫して練習していた。ただ、演奏になると音が埋もれてしまう場合もあるので、そう言う時用にドラマーが叩く音を電子ドラムで打ち込んだ音源にしてくれる担当部員がいる。


「それじゃあ今日は各バンド練習に移行して下さい」

 副部長の平井が告げると部員たちは各々の予定に向けて動き出す。三年生でCチームマネージャーのかすみは、スマホを見ながら帰ろうとしている二年の伊藤ののかに声を掛ける。

「ののかー」

「ん?」と、脚を止めるののかの元へ駆け寄るかすみ。

「ウチのチームな、新入部員入ったんで一曲お願いする事になると思う。あ、すぐやないんやけど」

「ええよ、手間かからんし」

 伊藤ののか。特定のバンドには参加しておらず、DTMとライブのマニュピレーターを担当する二年生。神戸出身で高校から京都へと大学生の兄と一緒に越してきた。クラスの目立つグループと行動してる事が多く、軽音楽部にはミーティングにたまに参加する位だが、必要な音源の作成や耳コピからの譜面起こし等、色々と必要とされている。ちなみに作業はほぼ自宅で行なっている。

「でもこの時期に新入部員とか珍しいなー」

 ののかがそう言うとかすみは少し困ったような顔をして、

「ウチのチームの四方田さんいるやん。あの子のバンドに新しい子が入ってん」

「え、ロック様んとこ? 珍しいて言うか大丈夫なの? 揉めるんとちがう?」

「変人やから大丈夫ちがう? なんせ紅葉館のジュリエットやし」

「ジュリエットってあの子⁉︎ ひゃー、それ最強タッグやん! めちゃくちゃ興味あるわー」

「昨日幹部会で顧問から入部届回って来てん。だから平井くん機嫌悪いやろ」

「だからかー、ばりイライラしとー思っとー。平井からしたら今回の条件で四方田と大西潰したー思っとーみたいやからなぁ。でもイキリの平井にはいい感じやんか?」

「うーん、ウチんとこのチームに問題児1人増えるわけやしなぁ。風当たり余計キツくなるわ」

 「はぁ」と、かすみはわざとらしくため息をつく。その表情は全力で残念だと訴えてるようだ。

「いやいやかすみ先輩、大丈夫ですよー。のんは面白くなるって思います」

「そうかなぁ?」

「へー、ほー、ふーん。残念美人と名高いジュリエットが軽音になー」

「ののか面白がってるだけやん!」

 かすみはぷぅと唇を尖らせ拗ねた表情になる。新入生バンドお披露目会ライブの件では副部長の平井に相当詰められたようなのでそこは可哀想に思うけど、四方田環もそうだし、ジュリエットも勝ち気で我が強いと聞いている。きっとすぐぶつかって上手くはいかないだろう。でも、これ逆に上手くいったらめちゃくちゃ面白くない? そんな思いが頭を過ぎる。ののかはこの後合流するはずだったクラスのグループチャットを開くと、「ごめん、今日行けなくなった」と連絡を入れる。そのまま友達一覧から藤井大智の名を探すと一言、『と、いうわけで。』と送った。


 藤井大智ふじいだいちは京阪本線、京都四条駅で電車を降りて構内にあるスターバックスカフェに向かった。狭い店内は夕方の時間という事もあり混んでいた為、テイクアウトでドリップコーヒーのグランデを買うと入り口の横に立つ。1、2分もしないうちにののかがやってきた。

「中で待ってればええのに」

 あっけらかんとした表情で大智に告げると店内を見渡し、「あ、やっぱ座れんわ。ちょっと待っとき」と言いながらカウンターに並ぶ。注文したアーモンドミルクラテを受け取ると、ののかが大智の元へ小走りで駆け寄り、「鴨川行こかー」と腕を絡ませる。完全にののかのペースに乗せられた大智はしぶしぶ步を合わせると鴨川へ向かった。

「ののかさんなぁ、既読無視はやめてくれや」

「ええやんええやん」

「いつも思うけど、『と、いうわけで。』だけやと、なんかあったんやないかって気になるやろ」

「ラブホに連れ込まれたとか?」

 『と、いうわけで。』は京都の祇園四条にあるラブホテルの名前だ。大智とののかは去年の秋頃、このラブホの話題がキッカケで知り合い、関係を持った。そのラブホには行かなかったけど。それ以来、ののかから「と、いうわけで。」とメッセージが来ると、四条駅のスタバに集合と言う二人だけのちょっとした暗号みたいになっていた。しかし、この辺りはラブホテルが何軒かあるので「もしかしたらなにかあったかも」と、一瞬不安になる。今日みたいにその後にメッセージを送っても既読スルーの時は尚更だ。

「ののかさんが誰と何しようとオレには関係ないし、どうでもいいんやけどさ」

 ちょっと不機嫌そうに大智はののかに告げる。

「なになに? そんなにのんちゃんのコト好いとーと? それともカラダが忘れられんとかぁ?」

「からかうなら帰るし」

 大智は手に持っているコーヒーを一口飲むとそっけなくののかから離れようとする。

「うそうそ。大智に聞きたいことがあってなー」

「なに?」

 目を合わせない大智の耳元に、「うちのコトどない思っとん?」とささやくように語りかける。

「帰るわ」

 真っ赤になってその場から離れようとする大智の腕を抱くようにして引き止めると、ののかはケラケラと笑いながら「ごめん」と謝った。

 こんな事を街中でやったら「街中で見かけたらカップルいちゃつきすぎ」とか動画撮られてネットに晒されそうだが、ここは鴨川、学生も多いデートスポットなのであまり目立たない。ののかは充分わかってやっていた。

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