第7話「紅葉館のジュリエット③」
「かっこえぇな……」
環は素直に思った。ミュージカルと聞いて、シルクハットにキンキラなジャケットを着た人たちが大勢で笑顔で踊ったり歌ったりしてるイメージが強くてきっと夢見がちでふわふわしたヤツと思い込んでたけど、実際に見たら物凄く力強くて魅力的だった。この子と組んでみたい、環は初めてそう思った。その想いは優里も同じようで、「たまちゃん」と頷く。その時、完全下校を告げる放送が流れ、瑞稀はそばに置いてあったタオルで汗を拭き、リュックを肩に掛けると出口の方へ向かって歩き始める。「たまちゃん!」優里が再び声を掛けると環は意を決して体育館に入る。
「森澤さん!」
「へ?」と驚いた表情で振り向く瑞稀に向かって環はぎこちなく告げる。
「うちらと、バンドせぇへんか?」
「バンド?」
何を言ってるのかわからない瑞稀と初対面の人にこれ以上何を言っていいかわからない環がお互いを凝視して固まる。そんな空気を感じ取って、涼子が間に入った。
「森澤さん、今のダンスカッコよかったよ! でね、ちょっと話したいことあるんだけど、これからちょっと時間ない? 私ら今から駅前にドーナツ食べに行くんだけど、森澤さんも一緒に行こうよ」
涼子が凄く高いテンションで話しかけると瑞稀は少し驚きながらも「誰?」と聞き返す。
「私五組の
瑞稀は涼子をジッと見つめると、思い出したように、「あ、横浜の?」と聞いた。
「そうそう、思い出した? こっちが同じクラスの環と優里。軽音なんだけど、ちょっと先輩らと揉めててさ」
「はぁ……」
「お願い、話だけでも聞いて欲しいんだよ」
そっけない返事をする瑞稀に涼子は手を合わせて頼み込む。
「まあ、話だけならかまへんけど」
駅前の商店街にあるドーナツショップ。二階部分がイートインスペースになっていて、学生や子供を連れた女性が多い。その一角に環たちは席を取った。
「人数合わせやん」
学校からドーナツショップへ行く間に優里と涼子が大体の事情を説明していたのだが、瑞稀は席に着くなりそう言った。
「いや、そうじゃないよ。たまちゃんとユーリは二人で出たいんだよ。でも軽音部の偉い人たちに嫌がらせみたいなことされてんだってば」
大袈裟に見えるくらいのオーバーアクションで涼子は瑞稀に告げるが、環も優里もそう思われても仕方ないと感じていた。
「図星ちがう?」
そう言うと手に持っていたカフェオレのカップをテーブルに置いて面倒くさそうに脚を組む瑞稀。身体を斜に構え、怪訝そうな表情で環と優里を見ている。
「まあ、そう取るわなァ」
ミルクティを一口含んで涼子は冷静に答えた。
「でもな、さっき体育館で森澤さんの踊ってるのみて、この人と一緒にやってみたいって思てん」
環は瑞稀を見た時に思ったことを素直に伝えた。
「いや、急にバンド言われても楽器出来ひんし」
「ボーカルやし大丈夫」
「歌めっちゃ下手かもしれへんよ?」
「一緒に上手なったらええ」
「週一でバレエとボイトレのレッスンあるし」
「その他の時間空けてくれればええ」
断る口実を重ねる瑞稀とそれを潰す環。もう平行線だ。その時、「わあ、さすが紅葉館のジュリエットと軽音のロック様。二人とも気ぃ強いね」とおどけたように涼子が間に入る。
「ジュリエットちゃうし!」
「ロック様ちがう!」
ニコニコしながら軽口をたたく涼子に二人は同時に声を上げる。
瑞稀は涼子に向き直り、「大体なぁ、ジュリエットはシェークスピアの悲劇やねんで。しかもジュリエットは令嬢であってお姫様とちがう。いっこも合うてへん。ミュージカルはウエストサイドやし」
「私だって訳わからへんわ!」
瑞稀が言い終わると環も続く。そんな二人を見て涼子はスマホを頭上に掲げて「じゃーん」と声を上げ、
「そこで、このスマホにあるロック様誕生の瞬間動画を森澤さんに見て欲しいんだよ」
「りょーちゃん、そんなんあるん?」
涼子はスマホをテーブルに置いて動画を再生する。環らが演奏する『Eruption』が流れる中、「なんや、ええかっこしいやんな」と、副部長の平井の声が響く。瑞稀は涼子のスマホを手に取り、その動画を見つめる。環がステージ上から平井にキックを放つと会場内がざわつ様子が映り、動画は終わった。
あまりにも理不尽だった。同じ部活なのに演奏中にヤジなんか飛ばすか普通? ブッ飛ばされて当然なのに更に圧力かけられてるなんておかしすぎる。こんなの嫌がらせどころじゃない。瑞稀は無性にハラが立った。自分の怒りも忘れるくらいに。
少しの沈黙の後、深く息をつくと瑞稀は環の目を真っ直ぐに見つめてこう言った。
「あんたは、悪くない。あたりまえやん。かっこえぇよ……」
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