ぼくと彼女のちょっと変わった関係

鏡つかさ

第1話

 ぼく、真司誠しんじまこと

 17歳の高校2年生。


 季節は春。

 場所は学校の屋上。

 時刻は18時を少し過ぎた放課後だ。


 今朝、学校に着いて下駄箱を開けると、そこにハートマークのついた封筒が入っていた。

 まさかと思いながら取り出すと、そこには綺麗な字でこう書かれていた。


> 「真司様へ♡」




 明らかにぼく宛の手紙。でも、差出人の名前はどこにもない。


 普通ならこの時点で「何かおかしい」と思うだろう。

 だけど、当時のぼくは嬉しさのあまり、そんなこと考えもしなかった。


 「これって、やっぱりラブレターだよな……!?」


 そう気づいた瞬間、心臓がドクドクと音を立てはじめた。

 一刻も早く――けれど丁寧に封筒を開けて、中の紙を取り出して読む。



---


> 真司くんへ。

突然でびっくりさせてごめんなさい。

でも、この気持ちを抑えきれなくて、お手紙を書きました。

あなたは気づいていないかもしれないけど、私はずっとあなたを見ていました。

伝えたいことがあります。

だから、放課後に屋上へ来てください。





---


 ……やっぱり、差出人の名前はない。

 まあ、どうでもいいか。


 と、その時は思った。


 ――いや、正直に言うと、もう少し慎重になるべきだった。


 というのも、ぼくは「陰キャ」で、「コミュ障」で、「ボッチ」だ。

 そんなぼくがいきなりラブレターをもらうなんて、現実味がなさすぎる。


 ……でも。

 初めてラブレターをもらって喜ばないヤツなんて、いるわけない。

 ぼくもその例外じゃなかった。


 理性? 無視するに決まってる。



---


 そして現在に至る。


 屋上で、そわそわしながら差出人を待っていた。

 スマホで何度も時刻を確認する。けれど、それ以上の行動は取れなかった。


「……ほんとに、来るのかな……」


 そんな不安が胸をよぎる。

 いつの間にか約束の時間から5分以上が過ぎていた。


 遅いなぁ……。

 一応、呼び出されたのはぼくなんだけど……。


 けれど待てば待つほど、時間はどんどん過ぎていく。

 気づけばもう18時20分。


「…………来ない、か」


 ぼくは静かに落胆した。

 ――はぁ。やっぱりな。


 考えてみれば、隣のクラスにはぼくと同じ苗字で、顔もスタイルも完璧な「イケメン真司」がいる。

 きっと、あの真司に渡すはずの手紙を間違えてぼくの靴箱に入れたのだろう。


 そう思ったら、情けなくて、ちょっとだけ笑えてきた。


「……帰ろう」


 そう決めて、もう一度スマホで時刻を確認する。

 18時30分。

 スマホをポケットに戻し、ぼくはドアへ向かって歩き出した。


 そしてドアに手をかけた、その瞬間――


ぱちゃん!!


 勢いよく開かれるドア。


「うわっ!」


 驚いて飛び退いた拍子に、足を滑らせて尻もちをついた。


 ――い、痛ぇ!

 ……な、なにごと?


 突然の出来事に心臓がドキドキしていた。


 顔面に当たってたらと思うとゾッとする。

 ドアの向こうを見ると、息を切らしながら立っている少女がいた。


 桃色のショートヘアに、白い肌。

 小柄で、思わず守ってあげたくなるような雰囲気。

 なのに、なぜか圧倒的な存在感がある。


 同じ制服を着ているはずなのに、まるでアイドルの衣装みたいに見える。

 ぼくは息を飲んだ。


 やばい。心臓がバクバクしてる。

 え? 誰? 転校生?


「あ、あのぉ……」


 と声をかけようとしたぼくに、少女が顔を上げる。

 エメラルドグリーンの瞳が夕日に照らされて、きらめいていた。


 彼女は姿勢を正す。――1年生、か。


 この学校では、学年ごとにリボンとネクタイの色が違う。

 1年生は赤、2年生は青、3年生は緑。

 彼女がつけているのは赤いリボンだった。


 でも、なぜ1年生がこんな時間に屋上へ……?


 まさか――手紙の差出人?


 いやいや、ありえない。

 こんな美人が、ぼくなんかに興味を持つわけがない。

 ……うん。ない。


 名残惜しさを感じつつも、会釈をして彼女の横を通り過ぎようとした。

 ……帰ろう。


 その瞬間――


「せん……せんぱい!」


 彼女が、ぼくを呼び止めた。


 ん? ぼくのこと?

 そりゃそうか。この場にいるのはぼくと彼女だけだし。


 振り返って応える。


「はい?」


 彼女は緊張した面持ちで、深呼吸してから言った。


「わ、わたし……愛菜雫っていいます」


 愛菜……雫?

 可愛い名前だな……。


 自己紹介だけ?

 いや、違う。


 再び深呼吸し、彼女は続けた。


「……あの、手紙……わたしが、書きました」


 ――手紙?


 ……え?


 えええええ!?!?

 あのラブレターの!?


「手紙に書いた通り、ずっと前から見てたんです。……つまり、言いたいのは……」


 そこで彼女はソワソワし始める。


 ……いや、うそでしょ?

 絶対勘違いだ。

 だってぼく、陰キャでコミュ障でボッチだし?


 でも、心臓のバクバクは止まらなかった。


 そして――


「……好きです。付き合って……ほしいんですけど、いいですか?」


 そう言って、彼女は地面を見つめながら、目を逸らした。


 ……これって、マジで……告白……された?


 ぼく、人生で初めて女の子に告白された。


 お母さん、お父さん。

 ぼくはもうすぐ、あの世に行くよ。

 ……って死ぬ場合か!!


 落ち着け……冷静になれ。

 イタズラの可能性もある。

 まずは話を聞いてから判断しよう。


 ぼくは真剣な表情で彼女を見据え、ひとつ提案をする。


「とりあえず、カフェにでも行こうか?」


 すると、彼女の顔が一気に真っ赤になった。


「も、もしかして……で、で、デート的な……!?」


 いや、そういう意図じゃ……たぶん。


「いや、まあ……あくまで話がしたくてね。誰もいない屋上で長話もなんだから、落ち着ける場所でと思って」


「あ……」


 ん?

 なんかちょっとガッカリしてない? 気のせい?


「……うん、はい。行かせてもらいます」


 なんとも言えない空気だが、とりあえずこの場を抜け出せるのはありがたい。


「じゃあ近くにいいカフェがあるから、そこで話そう。もちろん、ぼくの奢りで」


 ぼくの方が先輩だし、後輩の面倒を見るのも役目のひとつだ。


 彼女の様子を窺うと、また頬が赤く染まっていた。

 ――いや、夕焼けのせいかもしれない。


 ともあれ、カフェまでの道のりはほんの数分。

 その間に、心の準備ができる……はずだ。

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