第4話 赤い夕陽が沈む海

我、魔王なり。

……と、いつも頭の中で連呼しているが、そうでもしないと、この現実に前世を忘れてしまいそうになる今日この頃である。

ぶちっ。


「あ、ダメだよ。その薬草は根も採取するんだから」


我がぶち抜いた草を横取りし、ブツブツと文句を言っているこ奴は、元勇者である。

何の因果か、今世では幼馴染として生まれ育ち、今は駆け出しの冒険者仲間として薬草採取の依頼を一緒にこなしている途中だ。

つまらぬ。

ぶちっ。


「だからダメだって。はい、これで根を掘り起こして採取袋に入れてね」


ニコッと手渡されたスコップと汚れた布袋。


「はああああっ」


我、魔王なり。

今は底辺冒険者見習いとして、草と格闘する毎日である。

…………ついでに、今世では女として生まれた元魔王である。


今日も冒険者ギルドがある大きな町の外に広がる草原で薬草採取の依頼をこなし、ランクアップへのポイントをちまちま貯めている。

依頼された数の薬草を採取し終え冒険者ギルドの受付に採取物を提出し、労働の後の一杯でも飲んで帰ろうとすると、奴は女狐どもに捕まっていた。

昔から、何かと女が寄ってくる奴ではあったが、なんだろう? ちょっとこう、イライラ? モヤモヤ? ムカムカする気がするような?


いや、待て。

我だってそうだったじゃないか。

前々世の大賢者時代は、権威にあやかろうとする輩が多かったが、魔王時代はそれなりに女共に囲まれていた。

うっとおしいと思ったが、我の持つ権力や強大な魔力に誘われて、次々と寄ってきていた。

ふむ、断るのが面倒で放っておいたら後宮がいつの間にかできていたな。


あ奴もたかが人間だが、勇者だった男。

その名声と力に寄ってくる女も多く、ハーレムの一つや二つはあったであろう。


そんな達観した気持ちで、再び奴へと視線を向ける。

冒険者登録のときにも絡んできたビキニアーマーの頭が悪そうな女と、白いローブを身に纏い金ピカな趣味の悪い杖を持った清楚系悪女と、弓を背中に担ぎ赤毛のショートカットで皮の胸当てを装備した美少女風な勘違い女に囲まれている。

……無視して帰ろう。


チベスナ顔でクルリと奴らに背中を向けてズンズンと出口に向けて歩き進んでいると、ぐわしっと後ろから羽交い絞めにされる。

何奴! と焦ることもなく我はゆっくりと振り向いた。

その正体は、悲しいことに……。


「もう帰るのか? じゃあパパが送って行こうねぇ」


我を溺愛する今世の父親、パパだ。


「うむ、頼んだ。パ……パパ」


カアーッと恥ずかしさで全身が熱くなり顔が赤く染まるのがわかるが、この「パパ」呼びは死活問題なのだ。

我は魔王だった故、当然父親も母親も「そこの人間」とか「おい、そこの男」とか「女」と呼んでいた。

父親はそんな我を悲しそうな顔でえぐえぐとだらしなく泣きじゃくりながら見ていたが、母親は違った。

今思い出しても恐ろしい……魔王だった我が恐ろしいと思う仕置きであった。


「いい、私のことはママ、父さんのことはパパと呼ぶのよ?」


ぶんぶんと頭を上下に激しく振った我は、それ以降今世の両親を「パパ」と「ママ」と呼んでいる。

……母親に逆らってはいけないのだ。


「あ、待って。僕も一緒に帰るよ」


女の集団の輪から抜け出してきた元勇者も、ちゃっかり我の父親の転移魔法に便乗する。

しょうがない、我らが住む村は少し田舎にあるからな。

本来なら田舎の村を出て、この町にて自立した生活をするものなのだが、心配症な父親は転移魔法を使い毎日我と元勇者の送り迎えをしているのだ。

……能力の無駄使いだなぁ。









バビュンと転移して着いたのは、元勇者の家の前。

煙突からは白い煙が空へと昇っていき、夕食の匂いが自身の空腹を気づかせる。


「じゃあ、また明日」


「ああ」


軽く手を振って別れる。


「ほら、俺たちも帰ろう」


さっと伸ばされる父親の手に、ちょっと気恥ずかしさを感じて遠慮がちに手を伸ばす。

キュッと優しく我の手を握り、ほんの少しの距離をゆっくりと父親ど歩く。

我の家からも煙突から煙が昇り、きっと煮込み料理のおいしい匂いが漂っているだろう。

夕日が空を赤く染めながら優しい時間が過ぎていく。


「クロエ。また明日なー」


「……アーサー。ああ、また明日」


お互い大げさなほどに手を大きく振って、別れがたい気持ちを振り切る。

また、明日。

元勇者なお前と元魔王の我の奇妙な約束はいつまでも続くのだ。





赤い、赤い夕陽が沈んでいく。

暗い、暗い海へと沈んでいく。

赤い色は血の色。

暗い色は誰かの……裏切りの決意。


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