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 店長のことを言ってるの?

 社長はすでに私達の秘密に気付いている?


「俺はオブラートに包んだような物言いは性に合わなくてね。はっきり言う。成明と結婚前提で交際することは認めない。理由は言わなくても君が一番わかっているだろう」


 店長と不倫している女が、清純な振りをして副社長と交際することは許さないと言ってるんだ。


「社長、心配ご無用です。私はそこまでしたたかではありません。副社長とお話はしましたが、交際することは断じてありません」


「その言葉を聞き、安心した。飲め」


 社長は私にお酌をした。

 結婚相手とセフレの線引きが出来る社長。相手が人のものでも平気で口移しでワインを飲ませる男だ。


 副社長と私の間に良からぬ感情が芽生えないように、まさか……酔わせて私と寝るつもりでは!?


「あの……私はそんな女ではありません」


 社長がクイッと酒を飲み干す。


「なんのことだ?」


「私を酔わせて、抱こうしようとしても言いなりにはならないから」


「俺が君を?」


「そこの襖を開けたら、想像がつきます」


「君は何を血迷っている」


「襖を開ければ一目瞭然よ」


 私は立ち上がり、つかつかと歩みより襖を勢いよく開けた。


「……あ……れ?」


 そこは部屋の間仕切りではなく押し入れだった。布団ではなく、座布団が収納されている。


「宴会用の座布団だが、それがどうした? まさか俺が君を抱くと? 隣室に赤いシーツの布団でも敷かれていると? 淫靡な妄想でもしていたのか」


「……いえ」


「悪いが、俺にも選ぶ権利はある」


 ああ、最悪だ……。

 完全に墓穴を掘ってしまった。


「ガチャガチャ騒いでないで座れ。落ち着きのない女だな」


 どうせ私は檀ゆりみたいに色っぽくないし。異性の対象にも恋愛対象にもならないと言いたいのでしょう。


「……社長」


「なんだ」


 『だったら、何故、私にキスをしたの?』

 そう聞きたかったけど、その言葉を日本酒で流し込む。


 何杯飲んでも気持ちは楽にはならず、どんどん沈んでいく。


 店長は今頃奥さんや子供と、夕食しているのかな。


「俺と酒を飲んでいるのに、他の男のことを考えるな」


「社長こそ、私なんて興味ないくせに私をマンションに泊めたり、食事に誘ったり、どういうおつもりですか」


 社長は私を見てほくそ笑む。


「酒のツマミにはちょうどいい。君は見ていて飽きないからな。それに野良猫はすぐ誰かに拾われたがる。保護猫が野犬に襲われては目覚めが悪い」


 ……酒を飲んでも、飲まなくても毒舌だ。


「強いて言えば、俺は野良猫を保護した保健所の職員の気分だな」


 こんな鬼畜な職員はいないよ。

 野犬に襲われるって、鬼畜狼に襲われるよりマシだよね?


 折角なので高級懐石料理を堪能し、丁寧にお礼を述べた。一応、社会人だし部下だから。


「ご馳走さまでした。今夜はありがとうございました。ご忠告しかと受け止めました。失礼します」


 かなり酔ってしまった私。

 社長に三つ指をつき、深々と頭を下げた。


「同じマンションに帰宅するのに、別々に帰る必要はないだろう。ハイヤーを呼ぶから待て」


「社長と一緒にハイヤーに乗るところを誰かに見られては一大事。それはご遠慮します」


「この店は隠れ蓑だぞ。出口は方々に作られている。裏門から車は敷地内に入れるんだよ。ハイヤーに乗車する所は誰にも見られない」


 だから有名人や政治家がお忍びで利用するんだね。でもそれは秘め事だから。


「でも……」


「社長命令だ」


「はい」


 社長命令なら従うしかない。もし誰かに目撃されても、私は責任取らないからね。大体、ここで疾しいことはしていないんだから。

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