【8】惑う恋
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翌朝、身支度を整えて社長と顔を合わせず、そのまま出社するつもりだった。
部屋を出て、ダイニングルームに行くと、あんずはもうキッチンで仕事をしていた。
今日は赤いメイド服、猫耳までつけている。よく社長がこの状況を我慢出来るな。
やっぱりどう考えてもミスマッチだ。
ダイニングテーブルの上には、昨日の萎れた花。花は一夜明け、生き生きとしていた。
兄に踏みつけられ花びらも落ち、今にも枯れてしまいそうだった花が、社長の処置によりこんなにも生き生きしている。
「私も負けていられないな」
「椿様おはようございます」
「あんずさんおはようございます」
「お食事は召し上がりますか?」
「いえ、私はもう出社しますから。朝食も夕食もお気遣いなく」
広いリビングダイニング。
玄関フロアまでの距離が長い。
「朝食を食わないと、いい仕事が出来ないだろ」
「……っ」
リビングで社長に捕獲されたし。
「どうせカフェでモーニング食う気だろ」
どうしてわかるの。
「あんずの料理はカフェのモーニングより美味い。食って行け」
「……はい」
玄関フロアまであとちょっとだったのに。社長に連行され、ダイニングルームに戻るとテーブルの上には私の朝食も並んでいた。
「椿様、お戻りになられると思っていました。どうぞ」
「ごめんなさい。いただきます」
お気遣い無用だと啖呵を切ったのに、かなりカッコ悪い。
朝食も和食。
ゴージャスな朝食ではなく、ごく普通の朝食。
このゴージャスな雰囲気とは、マッチしない。
ご飯に味噌汁。納豆に半熟の目玉焼き、里芋の煮物、味付け海苔と糠漬け。
あんずの料理が家庭的で美味しいことは、昨日の夕飯でよくわかっていたが、ドンペリを振る舞う社長が、糠漬けって……。意外すぎる。
「食わないのか」
「いただきます。社長は和食がお好きなんですか? イメージとは異なりますね」
「俺はどんなイメージだというんだ?」
「朝からビーフステーキ……みたいな」
「俺は肉食ではない。どちらかといえば、田舎料理が好きでね。接待やパーティーではフレンチやイタリアン、高級懐石料理ばかり、分厚いステーキやフォアグラ、伊勢海老やキャビアばかり食べていたら、ブクブク太ってしまうよ。だから、あんずにはヘルシーな和食を用意してもらっている」
成る程……。
質素ではなくヘルシーな和食ね。
「それに俺は思春期を瀬戸内海の島で育ったからな。海の幸の方が胃袋に馴染む」
「瀬戸内海の島ですか?」
「君は家族と喧嘩したそうだな。俺も思春期に父と喧嘩が絶えなくてね。母方の祖父母の住む島で中学の三年間を過ごした」
「社長が家出ですか?」
「俺が家出してはおかしいか? 弟の成明は幼稚舎から大学まである有名私立校だが、俺は中学は島の分校で過ごした。今も父とは上手くいってはいない」
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