帰宅、その寸前

 私の居た場所は、私の家の最寄り駅からみて、通勤で向かうのと逆方向に3駅ほどのところだった。

 不幸中の幸いだったが、この距離を靴無しで歩くのは、大変だった。



 ……音のなる靴を履いていたのだった。

 ゴミ箱から出る時、聞こえた音に本当に背筋が凍る思いをしたが、それは自分の靴が発したものだった。

 即刻脱いで投げつけた。


 おかげで私はニーソックスでこの距離を歩くことになった。

 小石を踏んで、ところどころ赤くなっている。




 暗さにだいぶ助けられたが、それでもピンクは目立った。





 線路沿いのどうしても通れない部分も多数あった。 

 横断歩道を渡らねばならない事が何度あったことか。

 

 

 裏路地を行き、工事現場を行き、どこかで引っ掛けたのかロンパースは一部破れ。

 主に線路沿いを進んだ。





 暗がりの中、始発電車の車内灯に照らされ、窓越しに見られた。

 乗っているだれかと目があったような気がした。



 酔っ払いに見つかった。

 早朝徘徊と思われる老人に見つかった。

 ジョギングしている若者にも見つかった。





 それでも、家に着いた。

 着いたのだ。


 何度か見られたが、それ自体はすでに数え切れないほど。

 ……本当に、どこからが夢で、どこからが現実だったのだろう。


 だが、少なくとも

 この足の痛みは、間違いなく現実であり

 このピンクのロンパースが私の姿で間違いなかった。



 この気持ち悪いオムツをすぐさま脱ぎたい。

 途中公衆トイレなどなかった。


 隠れているときから、異様に尿意が早かった。

 溢れさせ、股間のあたりも消えないシミがある。



 移動の直前に最後の一枚に替えたが、これもすでに数度使われている。

 




 そして家の前で、私の人生は詰みを迎えた。








 鍵が、無いのだ。


 財布に入れていたのだ。

 それが、このオムツを入れる為に出してしまっていたのであった。



 自分が戸締まりを怠った可能性を信じて、窓等を全て確認した。


 残念ながら、自分からロンパースを着た夢の自分も、戸締まりはしっかりしていた。




 そうして諦めきれず自宅前でウロウロしている間に、明るくなってしまった。

 窓を叩き割る判断は、あまりにも遅かった。



 人通りが増え、人だかりが出来て



 やがて警察が着て


 











 私は逃走した

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